HALC

Apr 12, 2009 2:51pm

ZEVEN E-LEVEN 第六話『テケテケ』

2nd Chorus:『テケテケ』
そして、翌日。日曜日。田んぼに囲まれ人気の無い、郊外の広場に集合。
こんな休日に何やってんだという話だけど、今日は私服のサフィちゃんも一緒。そう思えば悪くは無いなと感じる不思議である。家族以外の女性と休日を過ごすなんて、きっと、幼い頃以来だ。
「なにやらこれは、デートしてるみたい、ですね……」とか言われた日には、俺もコロッと萌え死んじゃうかも分かりませんね!
「あの……服装、おかしくないですか? 制服やローブ以外だと、少し不安で」
サフィちゃんは少しもじもじと恥らいながら問う。くっ、これまた定番のセリフ。
「似合ってると思うよ。いつものと違って新鮮だしね」
なーんつって。澄ました顔で言ってみたけどこれ恥ずかしいなぁ。
「あの、嬉しい、です」
照れる二人、雲ひとつ無い青空。あたたかな陽気と日差しに囲まれて、青い僕らは調査を開始した。
それから数時間。
「不毛だね……」「何も見つかりません……ね」
言葉とともに、深く吐き出すため息も同時。
この数時間、目撃箇所周辺の人に聞き込み調査したり、周辺を歩いて手がかりを探したものだけど、ただの一つの発見も無い。目撃箇所が少し人気の無い場所なのも関わっているのだろうけど、人があまり通らなければ、人から得られる情報もすさまじく少なく、調査開始前の浮ついた気持ちはどこへやら、いつのまにやら僕らは、暮れかけた日を見つめながら、パンチドランカーさながらに憔悴しきっていた。
「帰ります、か?」
「うん、先輩には罵られるだろうけど、見つからないものは仕方ないよね」
夕日のオレンジが徐々に侵略し始めた空に背を向け、僕らが帰ろうとする、その一瞬。
「……来ました」
「うん」
空気の流れが変わるのを肌で実感した。これは、確実に、怪異の顕現を示す、合図。
先輩の話を思い出し、どうやってテケテケを封印するか、あるいは逃げるかを考える。全力で巡る思考、ニューロンを強制結合。何か有効な策を、頭に。
「あずセンパイにメール、打ちました……」
サフィちゃんの早い対処が助かる。彼女は怪異に対しては豪胆だと思う。
僕らは身構え、いつでも踏み出せるよう、足元に力を入れるが、怪異はまだその姿を現さない。先輩の話では下肢のない女学生だという話だけれど、そんな人の形をしたものに、僕は攻撃を加えることが出来るのだろうか? いや、出来ないとしてもやらないといけない。
相も変わらず、切れ味の無いナイフを取り出し、構える。少しは様になればいいのに。
そして再び空気の流れが変わる。ピリピリした感覚が肌の産毛を逆立てるように走ると、一陣の風が―――人気の無い、此処を、駆ける。
物陰からいきなり飛び出し、こちらを目掛けてすばやく移動する、一体の怪物。
その姿は僕の予想に反して、人間の姿をしていない。どちらかと言えばクリーチャ-。映画で見るような異星生命体の世界だ。
軟体動物のようではあるが、人間の形を完全に外してるわけではなく、遠目に上半身のみの人間だと言われれば納得する程度には、人に近いカタチをしている。
「これは―――ゴーレム!?」
驚いたような声で、サフィちゃんが告げる。
「ゴーレム、ゲームとかに出てくるあれなの!? とにかく今は、逃げよう!」
驚くサフィちゃんを先に走らせ、テケテケが現れた方向とは真逆に進む。走る。前へ前へと踏み込み駆ける。
ずさりずさりと生理的嫌悪を催しそうな音を立てながら、驚くべき速度で僕らを追いかけるテケテケ。そのスピードは僕らが逃げる速さと同じくらいだ。付かず離れずの距離を保つように、とはいえ確実にホーミングしてくる。
「はぁっ、くそっ。逃げてばっかじゃ、先にこっちがバテそうだ」
周囲の景色は田んぼばかりであまり変わらない。この状態で、街中に行くのも危険だろう。 僕らは、この周辺を巡回するように走りながら、テケテケを封印する策を練っている。
「あ、明人君っ」
走りながら、サフィちゃんが指差す。その方向にいたテケテケは、道の真ん中で動きを止めている。
「もしかしたら、あいつも疲れたのかな……」
いや、まさか、とは思いつつ、僕らも一度足を止める。これはチャンス、なのか?
「ちょっと、自分に考えがあるから、サフィちゃんは距離をとって策を練ってて!」
今なら、僕のナイフ程度の武装で、奴を止められるかもしれない。
奴の移動手段は腕だ。その腕にダメージを与えれば、テケテケは移動することが格段に困難になるはず!
怖い、怖い、怖い。けれど、僕は、テケテケに向かって、突進する。
「はあぁぁぁぁっっっ!!」
咆哮を上げたのは、胸中の怖れを払うためか。
みるみる狭まる奴との間合い。僕はナイフを大きく振りかぶる。
それから、テケテケの左腕というべき部分の位置を確認し、授業で習った剣道の型も何も無視で、思いっきり、兜割りに叩きつけ――――ようとした時には、既にその場所に腕は無かった。
渾身の一撃は空を切る。いや、果たしてその切れ味もあったかどうか。
―――やばい。隙が。
「明人君っ! 左にっ」
慌てて左を見る! 僕が作ってしまった隙を見逃さず、ナイフの間合いの外に回り込んだテケテケは、その腕を伸ばすっ。
びょう、という風切り音が耳に届く。相手の位置を視認してた僕は、何とか前方に転がりながらその一撃を逃れたが、そこであることに気づく。
「何だこれ!?」
テケテケの腕の先端は、鋭く尖った石斧の様になっている。こんなもの一撃でも食らったら大怪我では済まないかも知れない。
「クソッ」
しかし、まだ体勢を崩してる自分はテケテケに背を向けられない。どうすれば良いんだ!?
「ええい、ままよっ」
危険を承知で、超至近距離に間合いを詰める。腕のリーチは人間程度、攻撃出来るのはせいぜいが膝の高さ。距離を詰めれば、万が一テケテケの攻撃を食らっても大したダメージにはならない。
そしてナイフが武器の自分には最適な間合いだ。
「食らえ! 土人形!」
今度こそ、乾坤一擲―――振り下ろしたナイフはテケテケの右の肩口にずぶうりと刺さる。
生き物を斬る感覚じゃなくて良かった。これはあくまで無機物に刃を突き立てた感覚だ。
「がぁあああああ!!」
思い切り力を込めて、奴の肩を切り落とそうと踏ん張る。しかし、密度が高いのか、土と同じ感触だと言うのに、ナイフの刃は深く入っていこうとしない。
ざりりり、と不快な擦音を鳴らしつつも、徐々に傷口を広げていく。このナイフの刃渡りの短さが今は憎い。
僕がそして僕が握りを両手に変えたその時―――
奴は、その左腕をまるで鞭のように振り、そしてテケテケの腕は間合いの外へとどんどん伸びていく。
「な―――」
奴にこんな力があるなんて聞いてない。腕は如意棒もかくあるかと言うように、ぐんぐん伸びて行き、その行く先は―――サフィちゃん!!
「危ない! サフィちゃん」
「きゃあっ!」
サフィちゃんは伸びる腕に驚愕しながらも、すぐに逃げる体制をとって走り出す。
しかし、相手の腕の位置を確認しながらの移動だ。進むスピードもいまいち上がらず、テケテケ腕と彼女の距離は見る間に縮まってゆく。
「くっそぉ、この土人形風情がぁああっっつ!!」
右の腕刺したナイフを強引に抜き、伸びた右腕に思いっきり一撃! 一撃! 間隙無く打ち付ける!サフィちゃんに攻撃を許してなるものか! くそったれ!
僕の必死の攻撃も虚しく、サフィちゃんとテケテケの腕は今にも届きそうな距離。
「くそっ! くそっ!」
自分自身ですら悲愴と思える攻撃を続けながら、無力さを噛み締める。
サフィちゃんから離れなければ、こんな、ああ、くそっ。
僕はナイフでの攻撃をやめて、足で奴の腕を踏みつける。何度も何度も何度も!
けれど無情。腕に追いつかれるサフィちゃん。その距離は既にゼロ。
「いやぁ!!」
金切り声。人のいない周辺に響き渡る! 自分は彼女のこんな声を聞くために戦ってたのか!? 違うだろ!
無我夢中で相手の腕に組み付き、サフィちゃんの方を見ると、彼女は道路に飛び出そうとしている。その上右手からは車が走ってきている。彼女はテケテケの方に目が行っていて、車の存在には気が付いていない!
「サフィちゃん、車が来てる!」
振り絞って精一杯の声を出す。その声が届いたか、彼女は車の存在を確認しようとする、けれど―――彼女の身体は既に車道へ飛び出している。車との距離はほとんど無く、テケテケの腕とも、もう距離は無い!
「何してるんだよ! 俺はっ!」
焦燥感で心のエンジンが空転する。体内の温度ばっかりが上がって、頭には血液だか、水蒸気だか判別もつかないものが上って―――僕は冷たい現実から背け、目を閉じそうになる。
しかし僥倖。車にぶつかる間一髪、サフィちゃんは車と逆方向からやってきた人物に飛びつかれるように助け出される。
「何やってんの! ミント君にサフィ、しっかりしなさいよ」
飛び出てきた影の主は二郷先輩だったようだ。罵倒の声も今はとても心強い。自分の不甲斐無さが悔しくなるほどに。
二郷先輩は立ち上がると同時に、御馴染みの黒い傘でテケテケの腕を地面に固定する。遠くからでは良く見えないが、綺麗な服も土で汚れてしまっている。
「すみません!」
自分を戒める気持ちで声を上げ。
「物言う暇があったら動く!」
「はい!」
自分の背筋と脳髄に針金でも入ったみたいに、意識と態勢が引き締まる。先輩が一人いるだけでこんなに変わるものなのか。
僕はまだ途中までしか切ってなかったテケテケの右肩を切り落とし、それから伸びた左腕にもう一度ナイフを突き入れてゆく。
集中して作業すると、それほど時間も掛からずに、テケテケの両腕は落とせた。自分が如何に無駄な力を入れていたか分かる。
「それじゃ、ミント君はそいつの胴体にナイフを突き刺してて。あとサフィは前回と同じように霊体の移動と固着をお願い」
いつの間にやら、二人は僕の近くまでやって来ていた。
「わっ、わかりました」
先ほど、救われたばかりのサフィちゃんは慌てた様子で、テケテケに並ぶ。サフィちゃんが無事で本当に良かった。
僕は動けなくなったテケテケの胸に、ナイフの刃をゆっくり入れてゆく。
それを確認して、サフィちゃんは僕に良く分からない力を発動させる。……本当に良く分からない力のままでいいのだろうか。僕はきちんと理解するべきかもしれない。僕らを取り巻く妙な力や怪異について、もっとはっきりと。そうすることで、力を操る――いや、操れなくとも良い、力の仕組みを知るだけでも、自分が対処できる事柄は変わってくるはず。
反省せよ。
悔いるな。
悔いる前に人事を尽くせ。
「はい、また持っててね。ミント君」
と、ナイフを投げ渡される。
「わっわ、わ」
慌ててキャッチする僕。切れ味はほとんど死んでるといっても、危ないことするなぁ。
これで二つ目の封印は終わったわけか。終わってみるとあっけない気もするけれど、先ほどまで生と死のシーソーの上で揺れていたのだと思うと途端に寒気がする。
「しかし今回、二人だけにしたのは不味かったかもね。ホント、あと少し到着が遅れてたらって感じだったわ」
「すみません……」
「ごめんなさい、です……」
いたく反省する。いや、本当に。
「ま、今日二人が頑張ったおかげで収穫もあったわけですが」
と笑顔で付け加える先輩。
「何があったんです?」
「そうね、新七不思議とされるもののうち、少なくとも二つはブラフ。誰かが火の無いところから意図的に立たせた煙ってことね」
「何故それが分かったんですか?」
「こっちも一日中色々調査してたって事よ。この間ネットで調べたことにより、割と調査する内容を絞れたのだけれど」
「お疲れ様です……」
「大将だけのんびりしてるなんて、クソ企業のやることだしね!」
「相変わらず過激ですね」
「そんくらいないと、オカルトなんて因果なことライフワークに出来ないわよ」
「なるほど」
ロジックのある言葉ではないけれど、納得出来る気がする。
「しかし、このテケテケもまたカシマさん同様ねじくれてるわね」
今回現れたテケテケを一瞥してから、先輩は感想を述べる。
「どういうことです? サフィちゃんもゴーレムがどうとか言ってましたが」
「話した通り、テケテケの怪異でモチーフになりやすいのは女学生なの。地域によっては日本兵とかの姿で伝わることがあるけれど……その噂以外の姿で現れることはめったにないのよ」
「です……日本兵の姿でテケテケが現れる噂のある地域には、日本兵が、女学生の姿で噂が流れれば、女学生で発見報告があるもの、です」
サフィちゃんが付け加える。
「となると、今回のような姿で現れるのはふさわしくない、と」
「そゆことね。もっとも、土人形そのものを初めて見たのだけれど……サフィ」
「なんですか?」
「今回の土人形はゴーレムとして、体系的におかしくないものなの?」
「私が見たところは、体表に真理を示す《emeth》が刻まれていたので、真っ当にゴーレムであるとは思います。なので、使役者の存在がある、ような……」
彼女は感じた疑問を明確にするように、ゆっくり思案しながら喋る。
「やはり、新七不思議の存在に関しては、誰かが目的を持って流してる可能性があるわね」
「生身の人間がですか?」
「さてね。それについては今後の調査次第になるわ」
先輩も考え込むように視線を別の場所へ向ける。流れる静寂と、生温い風。
「あ、そうだ。明人君。ナイフ貸してもらえますか?」
「いいけど。何に使うの?」
刃の部分を持って、そっと手渡す。さっきの先輩みたいな雑なことはしません!
「ゴーレムというのは、《emeth》から”e”の文字を削ることで、土に還すことが出来るのです」
「へぇ、しかしよく知ってるね。サフィちゃんは」
「《meth》はヘブライ語で”死”を意味するんだよ!!」
先輩が勢いよく話に入ってくる。
「いきなり、何ですのん……」
「いや、私も詳しいとこ見せたいなぁと思ってね」
「普段から詳しいとこいっぱい見てるんで、もうリアクション尽きましたよ……」
「あ、これです」
サフィちゃんが指の先で示すテケテケの額を見る。
「あの、読めませんが」
何か全部アルファベットの小文字”n”に見える。
「ヘブライ文字ですので」
彼女が、そのnだかなんだか分からない文字を削ると、先程まで辛うじて人を思わせる形だった土人形は、生気を消すように形を失った。
「何か、さびしい光景ですね」
諸行無常の鐘の音、ってやつかな。どうも、雪だるまが溶けてくみたいな切なさがある。
「これは現象。死や時の流れを結びつけない方がいいわよ」
冷たく。言葉を突きつける。先輩の声は言葉以上の重みを乗せていた。
「何か、過去にあったんですか?」
「さてね。あなたが大人のお姉さんの秘密を聞くには、まだEXPが10000ばかり足りないわ」
そう言って、笑ってごまかされた。何かあった、と言うことは教えてくれたようなものだけれど。サフィちゃんの顔を見る、彼女も先輩の事情は知らないようだった。
「さて、今日もこの辺で終わりにしましょうか。お互いが今日調べて分かったことに関しては、週明けの活動で話すとしましょう。色々、整理すべきところが出てきたしね」
先輩の言葉が、暮れかけの空気に乗っかる。
みんな帰る方向が違うようで、別れを告げた後は思索しながら、個々の帰路へと就いた。

第六話 終。ストック切れ寸前ww

Apr 7, 2009 7:17am

ZEVEN E-LEVEN 第五話『Sephirothic tree』

*2A:『Sephirothic tree』
そして翌日、いつものオカ研面子はいつもの屋上ではなく、コンピュータールームにたむろしていた。まだ暑さの残る外の様子を考えれば、強い冷房の効いた室内はちょっとした楽園であった。
現在、メインでディスプレイに向かっているはサフィちゃん。
「カシマさんの原因となったサイトの調査ですか?」
「そうよー。ま、今回はぶっちゃけ超地味ですよ。もっと凶事起これ、みたいな?」
二郷先輩はだるそうに、やたら不謹慎なことを言う。
「どうー、ググって何か情報出てきたー?」
無言で作業するサフィちゃんの背中に声をかける。
「…………」
サフィちゃんは顔を動かさずに凄いスピードでキーボードを叩いている。やっぱりこういう内気系な娘って、コンピューターが自分の一部みたいな感じなんだろうなー……とか思ってると、サフィちゃんは段々肩を震わせながら……
「なんにも、でてこない、ですぅ~」
めっちゃ力無く泣き言をもらし始めた。よく見てみたらディスプレイ内の映像もデスクトップから全く変わっていない。
「……え゛?」
二郷先輩はデスクに突いてた頬杖を見事に崩して、サフィちゃんの様子を覗く。
「あのさ、サフィ……?」
静かな調子で、傍らに放置されたままのネズ公的な憎いやつを掴み、
「マウス、使おうか」
少なくとも、ほとんどパソコンしない人は必須よね。
「そんな怪奇なツール恐れ多くて、とても私には!」
慌てて首を振る彼女。どうも、サフィちゃんはびっくりするほど完全無欠にパソコンを使えない娘さんらしい。
「あの。僕が代わります」
僕の部屋にも前の家にもPCは無かったけど、大丈夫だろう。
颯爽とオフィスチェアに座り、マウスをスムーズに操作、そしてぽちっとな。ほら簡単だ。
それから二分後……
「すみません、画面が青いですぅー……」
めっちゃ力無く泣き言を漏らしていた。
「正直さ、現代の文明っておかしいと思います。もっと人類は古代に立ち帰るべきなんじゃないかな。もっと原始的な通信手段が評価される時代なんだと思う。こんな人との断絶ばかりに満ちた世の中だからこそ。今だからこそ、切に、ワンダフルワールド」
僕は心の叫びを切々と語った。サフィちゃんは感動して拍手してくれている。やはり人類は心を古代へ―――。
「おい。どけ。愚図が」
二郷先輩、一際小さくて低くて強い声で。
「すみませんでした」
僕は無様にオフィスチェアーから退くしかなかった。
結局、PCを前にしてやることが無くなった僕らはパシり業務に奔走することになる。
「ジュースー」「資料ー」「コピー」「かたもめー」
矢継ぎ早で放たれる要望の嵐に、サフィちゃんも僕も別々に動きながら、自販機、図書室、図書準備室、コンピュータールームと行ったり来たりを繰り返して、孤独に作業を続ける二郷先輩を支援し続ける。
「はー」
そんな高尚な気概もしばらくすると圧し掛かる疲れに変わり、僕は図書館の椅子に座って一息つく。周りを見てみると、勉強している生徒と仮眠しに来た生徒が半々であり、底にちらほら私服の人物を見かける。私立というのもあってか校舎とは別に図書館が設置されており、放課後に関しては一般の人も利用できるようになっている。
今日は授業が終わってすぐに集合したため、サフィちゃんも制服である。新鮮で健全な印象が目に優しい。いや、実に佳い。
しかし、昨日の京の動きはかっこよかったなぁ。自分も剣術を学びたくなってしまう。京のかっこよさとは関係なく、昨日みたいに何かが起こったら、僕だけでは守れないかも知れない。ましてオカ研のメンバーは何らかの不思議な力を持ってると言えど、女性には違いない。守るべき力が僕にもあればいいのにな。そう思いながら、僕は鞄の中のナイフを覗く。こいつに敵を切る力は無くても、せめて目の前の人を守れますよう。
「それにしても、”月河郷土史”全巻か。先輩も厚い本を要求するなぁ」
往復だけで腹いっぱい疲れが溜まる。次は9巻から12巻まで持っていかなきゃならない。漏れるため息は、けれど心地良いのかもしれない。
さて、一息ついて郷土史コーナーへ。素朴な装丁のそれに手を伸ばしたとき、同じ本に伸びるもう一つの手。
「おっと」
横合いから伸びてきたもう一つの手は、僕の存在に気づくと一度引っ込む。
「すみません。この資料、読まれますか?」
手の主の少年が僕に話しかける。彼の指がさすのはちょうど9巻のところだ。
「あ、後で違う部屋に持ち出そうと思うので、僕は後で大丈夫です」
「そうですか。ありがとうございます」
そう言うと彼は9巻を持ってテーブルに着く。よく見れば外部の人らしい、僕らはいつでも借りれるし、9巻は後回しでいいだろう。9巻の代わりに13巻を加え、貸し出しの手続きを行うと、先輩の待つPCルームへ。
「使えねぇな……」
吐き捨てられる。
「ホント生きててすみませんでした」
「とりあえず、こっちでは面白いもの見つけたわ。二人とも、これを見て」
先輩はPCを操作して、とあるサイトの画面を出す。
「なんです、これ?」
目に入ってくる、昔の静海の地図に、古びた外国語の本の1ページが添えられている画像。
「こっからが面白いのよ」
そうして先輩は画面を下に下げていく。すると、よくわからない円と線で結ばれた不思議な画像に、”訳”として日本語の文章が斜めにしたゴシック体で記されている。
「セフィロトの樹……」
サフィちゃんが呟く。
「そう、この辺はあなたの専門分野よね。もしかしたら、サフィの勘―――新七不思議には、カバラが関わってるってのは正解かも知れないわ。いや、月河市の怪異、そのものにさえ」
食い入るようにディスプレイを覗くサフィちゃん。彼女の見るディスプレイにはこうある。
『ZEVEN E-LEVEN 序項』
流れる星はありません。
藍色深く浮かべた星が隣へと囁く音もまた、ありません。
夜空の底へ広げて敷いた絨毯は、透徹させた闇、研ぎ澄まされた静寂を、星の光で編み込んで、初秋の夜景を彩ります。
その光景を遠く離れた神社の脇で見つめ佇む大きな影は、街を見守る御神木、原形界と繋がりし、たった一つの出入り口―――『生命の樹』
風に揺れては喜び跳ねる、枝の別れたその端々に、揺れ動いては浮かんで消える命の鼓動があるのです。

風が止まったある一瞬。
その時神は沈黙を千々切り裂いて、此の地へ向かい十閃の矢を放ちます。
闇を貫く十の鏃は此の地を封じるセフィラの輝き。

王冠なりし『ケテル』は、ダイアモンドの澄み切った輝きを。
知恵なりし『コクマー』は、ターコイズの鮮やかな青色を。
理解なりし『ビナー』は、パールの淡き色彩を。
慈悲なりし『ケセド』は、サファイアの深き青色を。
峻厳なりし『ゲブラー』は、ルビーの燃える赤色を。
美なりし『ティファレト』は、黄昏の金色を。
勝利なりし『ネツァク』は、エメラルドの静かな緑を。
栄光なりし『ホド』は、朝焼けの橙を。
基礎なりし『イェソド』は、高貴な菫の光を。
王国なりし『マルクト』は、クリスタルの神秘的な輝きを―――放ち。

光の鏃の刺さりし処に、針で刺すより小さな窩が生まれます。
分かれた鏃の穿った窩は、ただその一つだけ、地に隠されて。

窩はELF〈十一〉の聖地の証。
ZEVEN〈七〉の不思議を影踏み纏い、時計の盤を模すTWAALF〈十二〉の地を穿つ。

それは此の地に産み落とされし、LEVEN〈生命〉の―――叡智についての物語。

「意味がわかりません」
純粋な感想。魔術に精通してない自分には、ヒントとなるパーツが散らばってるようには見えない。
「これは、セフィロトの樹……旧約聖書では生命の樹とも記されるもので、カバラの神秘と、神へと近づくための真理を表したものとされています」
「エデンの園にあったのは……知恵の樹、か」
勉強しておけばよかったかなー。聖書とかは博物学に関わるし。
「生命の樹は、知恵の樹の隣に植えられていましたので、どちらもエデンの園、です」
「そうなんだ」
しかし、二人といるとこういう話題詳しくなるなぁ。
「ところで、これはどういう意味なんです?」
「私の見立てでは、このセフィロトの樹の円――セフィラって言うんだけど、それの位置と地図に記されたポイントに繋がりがあるらしいってこと」
サイトの地図を見てみれば、地図の中にも同じく、サフィちゃんの言うセフィロトの樹が描かれている。
「あの、地図を見て下さい。このセフィラ、マルクトの位置にある建物って……」
「現代なら静海高校がある場所とほぼ同じね」
指差す。詳しい地理はわからないが、なるほど、高台の上と思しき場所に、マルクトのセフィラとやらはかかってる。
「怪異にはやはり、魔力的なものが関わってるのでしょうか?」
「さてね。でも、この”ZEVEN E-LEVEN”について調べたら何かわかるかもね」
と、先輩は画面の一部を示す。なにやら、大手コンビニチェーンを思わせる名前。覚えやすいけれど。
「これ、オランダ語ですね。部分部分しか読めませんけど」
昔、父親から習ったので数を数える程度の単語ならわかる。
「オランダ語ねー……またずいぶんと入り組んだ話だこと」
先輩が深く息を吐き出す。
「これは長期戦になりそうですね」
事によってはオランダ語の辞書まで必要とされるかも知れない。図書館にあるのかしら。
「それを解く鍵になるかは知らないけど、新七不思議の一つ、”テケテケ”が発生したらしいとの報告が掲示板にあったわ」
先輩の言葉を聞いたサフィちゃんは「あわわわわわ」といった泣きそうな表情。そんなに怖いのかしら。
「テケテケってどんなやつです?」
「話して良いのー? (にやり)」
「き、聞かない方が良いですよっ!絶対に」
止めるサフィちゃん。だけど、僕は男だからその程度でびびっちゃ駄目なのさ。
「聞かせてください」
「よっし話して進ぜよう。多分、聞いたら後悔するけどね」
前置きをして、一息。それから先輩は語り始める。
「昔、北海道のとある踏み切りで鉄道事故があったの。事故に遭ったのは女学生でね、彼女はその事故で下肢をその電車に持って行かれてしまって、内臓は身体から飛び出し、それはそれは惨たらしい様子だったそうよ。でも、何より惨かったのは、事故の日がちょうど冬で、場所が北海道でしょう? 血管が収縮しちゃって、大きな怪我だというのに出血多量になることもなく、彼女は意識を失うことが出来ぬまま、三十分ほど壮絶な痛みに苦しみながら、その踏切の周りでもがき苦しんだそうよ。その後彼女は、北海道の地理的な問題で、救急車の到着を待つことも無く、極寒の場所にたった一人で息を引き取ったらしいのだけど……」
「そそそそそ、それからどうなたんですか?」
激動揺。内容もそうだけどこんな話をすらすらと言えるこの人が怖い。
「彼女が亡くなって一ヶ月ほど後かしら、彼女が住んでた地域には一つの噂が流れるようになったの。いわく、学生たちが下校中、下肢のない女性が追いかけてくる。いわく、夢の中に下肢のない女性が現れ、追いかけてくる。この噂を検証するために……そうね、今の私たちみたいなものなんだけど、とある女学生が踏み切りの周りを調査し始めたの。そんな彼女が調査をしてるある日、その娘の背後から、てけ、てけ、と妙な音がして、彼女は振り返ったの……すると」
「ごくり……」
「そこには、下肢が無く、はらわたを撒き散らしながら手を使ってすばやく移動する女学生の姿があったのよ! 驚いた彼女は閉じた踏切をくぐってしまうの、そこにやってくる電車、逃げ場は無い。そして彼女は死んだわ。下肢を失い、臓物をぶちまけ。それから、色んな場所で同じような怪異が目撃されることになるんだけれど、そんな過程で彼女にも名前が付いたわ。死んでから名前を得るってなんだか皮肉ね。テケテケ、それが彼女の新しい名前だそうよ」
「…………こゎぃょ」
妙に起承転結あるから。余計にさ。
「この話にはまだ続きがあってね……」
「な、なんですか?」
「この話を聞いたものは、テケテケさんに必ず会うって話よ。気をつけてね。ミント君」
肩を叩かれる。いや、やばいですね。
「え、ちょっとその言葉通りにテケテケが出てきたらどうしたらいいんですか!?」
「そこはまぁほれ、オカ研の使命だから、レッツ解明アンド封印ですよ」
「簡単に言いますよねぇええ!?」
「お、男なら、四の五の言わずに……やってやれ、です」
またそれか!?
「あ、サフィも言うわねー。じゃ、明日は二人でその目撃箇所の調査に行ってもらしましょうかね」
「え……?」
嬉しいような心許ないような表情のサフィちゃん。僕は不安で背中がツユだくですけど。
「いや、自分には封印する能力とか無いんですけれど……」
封印って、先輩の役目じゃないの?
「出来るわよ。サフィの能力とミント君のナイフを使えばね。そして、私は私で別の作業をやらなきゃいけなくなったし」
とPCの画面を指す。
「そうですね……まぁ、テケテケに遭わない事を祈ります」
「が、がんばりましょうっ!」
微妙に震えながら力を込めるサフィちゃんが可愛いやら、不安で仕方ないやら、とにかく今日の活動はそのあたりでお開きとなった。

第五話終。

Mar 18, 2009 2:09pm

ZEVEN E-LEVEN 第四話『カシマさん』

*1st Chorus:『カシマさん』
それから数日、閃光のような二日間が過ぎてからは、特に活動の連絡も無く平穏な日々が流れていった。
「京って暇なときって何してる?」
オカ研の活動がほぼ毎日なのだろうと思っていた僕は、正直なところ暇を持て余してしまっている。何か良い時間つぶしが無いかと、同じく帰宅部である京に訊いてみたわけだ。
「俺か? 普段は道場で剣振ってるかトレーニングしてるしな。他は勉強だ」
「え? ちょっと待って、何もやってないとか言ってなかったっけ?」
「部活訊かれたときだろ? 部活じゃなくて家の道場なんだよ」
納得できたけど、釈然としないなぁ。俺がのほほんとしてる間にも、京は文字通り文武に頑張っていたわけか。
「剣道か何かか?」
「剣術だな。鹿島神傳直心影流(かじましんでんじきしんかげりゅう)の分派の一つだ」
直心影流か、なら示現流ほど怖くは無いのかな。しかしこりゃ、京には喧嘩売れないな。
「しかし、剣術かー。それじゃ、暇つぶし気分じゃ参加出来ないな」
「なんだ? 入門希望ならいつでも受け付けるぞっ。ましてお前なら何となく歓迎だ!」
急に目を輝かす京。しかも、あまり嬉しくない歓迎だな。
「いや、気軽に楽しめて身になることがしたいんだよ。しかし、剣術なんて、興味ないやつでもいいのか?」
「若いやつが俺一人しかいない世界でな、はっきり言って寂しいんだよ……」
「ま、他を当たってくれたまえ京君。私はもっと楽に頑張りたい」
自分で言ってて都合のいい話だとは思うけどな。
「そうだ。お前、バイトとかやる気は無いのか?」
バイトか。いいかも知れないな。お金も溜まるし社会勉強になるってやつだ。
「この学校ではバイトOKなのか?」
「特別な事情がある場合に限り、事務部への申請により許諾される……と、生徒規約第17条生徒のアルバイトに関する規則、第1項にはあるが……」
「そんなこと良く覚えてるな」
感心するべきなのか、その努力は別のとこに向けるべきだと言うべきか。
「どちらにせよ、申請無しでやってる生徒達だらけだ。きちんと手続きしないと不安なら申請すれば、という感じらしい」
「そんなもんか。京はどうなんだ?」
「暇も無いし、やる予定は今のところ無いけど、きちんと申請するだろうな」
「やっぱりか。お前はそういうやつだと思ったよ」
「ほめられても困るな」
「ほめてないって、とか突っ込まないからな」
京のアドバイスを受けて、放課後はバイト探しのため街に出た。少し高台にある静海高校やみすず寮と違って、四方を田んぼに囲まれながら狭い空間に店を無理やり集合させたような繁華街は空気が悪い。猫の額に犬の息がかかってるようなもんだ。
古本屋とかめぼしい店の店頭を見てはバイト募集の張り紙が無いかチェックする。こういう個人店が多い街ではむしろ、求人情報誌を読むより店頭を回るほうが確実に好みの仕事に当たるんじゃないかと考えたわけだが、いやはや、就職ブリザード吹きすさぶ昨今、バイトを探すって言うのも簡単じゃありませんね。
「あ……」
本屋のガラスの貼り紙に目を向けていた僕の背中に声が飛ぶ。振り向く前に何となく、ガラス越しで姿を確認しようとする。
―――そこにいたのは、黒いローブに黒いウィッチハット、赤い裏地のマントがキュートな黒衣の少女、サフィちゃん。
「ちょっと、大丈夫なの? そんな格好で!」
勢いよく振り向き彼女に声を飛ばす。イントネーションは付けつつ大声にならないように。
「……?」
しかし彼女は気にしていない表情。だとしても、公衆の面前で魔女の格好は良くない気がする。コスプレかそれに類するものに見られるのだろうが、僕が友人だと思ってる人が嘲笑の視線に晒されるのは、何となく耐え難い。
「ちょっと、僕についてきてっ」
驚くほど自然に彼女の手を握り、裏通りに入る。途中何人か擦れ違ったけど、特に怪訝な視線は向けられなかったようでほっとした。
「ここなら、あんまり人目につかないな……」
驚くほど犯罪者フレイバー溢れる台詞を吐いたが、気にしない。
「あの……」
サフィちゃんが何かに期待する眼差しで僕を見ながら、手をにぎにぎする。
「あっ、ごめん」
僕は急いで繋いだままの手を離す。一瞬しか繋いでなかったようなイメージだけど、物寂しさを感じてしまう。
「ところで、どうしてこんなとこに?」
「いえ、あの、栗生くんの姿が見えたので、今日の夜活動すること、伝えようと思って……」
ちょっとしどろもどろになりつつも要件を告げてくれる。
「そうだったんだ。ありがとう」
ここ数日緩みっぱなしだった気持ちが、フォーマルを着たように引き締まっていく。いや、着たこと無いけどさ。
「あの……学校、行きます?」
彼女に促され、学校に向かおうと思ったが、あまり表通りを抜けて学校に戻るのも気が引ける。彼女はここに来るくらいだから恥ずかしくないのだろうけど、もしかしたら悪意の目に鈍感なだけかもしれない。とは考えても、静海町に来て半月も経たない自分の方向感覚では上手く戻れる自信も無い。
「あ、栗生くん……手、貸してください……」
放したばかりの手を、彼女に差し出す。もしかしたらまだ、二人の手に互いの体温は残っているのかも知れない。二人の手がもう一度つながる、彼女は魔法の力で僕を学校までテレポートさせて見せるのだろうか。
「やっぱり、あったかいです……」
そう呟くと彼女は首輪の外れた飼い犬のように走り出す。その力は僕が思っていたよりずっと、強い。
ぐだぐだ悩んだ僕の思考に反して、彼女は楽しそうに小さじ一杯分の笑顔で表通りを駆けてゆく。風は僕らの背中を押すように追い吹き、景色は人の顔すら気にならないくらいに川の水のように眼前を流れてゆく。僕よりよっぽど内気に見えた彼女の出した回答はすごく明快で、サフィちゃんのイメージが僕の中で鮮烈に更新されたような気がした。
静海高校へと向かう近道になる、長い階段。そのてっぺんで僕らは―――
「ぜぇ、はぁ……死ぬ。これ死ぬ」
「はぁ、はぁ、はぁ、ごめ、なさい……」
力尽きていた。ホント、全力疾走、って、時に、人間に牙……剥くよね……。
取りあえず、学校が眼前に見える場所まで来たので、ここからは無理をしない介護のように、お互いをまったり気遣いながら歩いていくことにした。
そしていつもの如く、オレンジ色の屋上。
「何、活動前から疲れてるの?あんたら……やる気だしなさい」
呆れる声は二郷先輩。
「「はい、もうしわけございません……(です)」」
「ともかく、今日は新七不思議の一つで、最近目撃報告があった”カシマさん”の調査に向かうからね」
「カシマさんって、何か人の名前みたいですね。どんなタイプの怪異なんですか?」
僕の質問を聞くや、にたりと邪気溢れる表情で笑う先輩。自分の予想じゃ、この学校の花子さんみたいな感じなんだろうと思ってるんだけど、どうなんだろう。
「聞きたい?」
首肯する。と、サフィちゃんが全力で首を振り振りNOのサイン。
「さぁて者ども、耳を貸せい!」
一度手を鳴らすとテンションも高く、架空のねじり鉢巻を頭に巻いて、袖を捲り上げる。
「ノリノリですね……」
「多分、怪談話してるときが、一番活き活きしてます、です」
「カシマさんってのは、割とポピュラーな怪談の一種ね。いわゆる問答型の怪異で、電話や夢を使ってある質問をしてくるの。それにきちんと答られなかったら……」
「答えられなかったら……?」
息を呑む。
「わっ!!」
背中から声と衝撃。
「ウェイァアア!!!」
僕は奇声に見合った奇態をかまし、身体全体で驚く。後ろを振り向くとそこには、
「えへ……来ちゃった」
妹のマリが笑顔で立っていた。
「何しに来たのよ、お前……」
一度来るなと注意したはずなんだけど。
それから、間隙も無く屋上のドアが開く。
「あのー、ここに来るよう女性から手紙を受けたんですが、誰か知っている方は……って、マリさん!? ついでに明人じゃないか。何してるんだ?」
ピンク色の便箋がキュートな手紙を握った京までやってきた。
こう自分の知り合いばかりが集まると、何か恣意的なものを感じる。二郷先輩の差し金か?
「ミント君は気づいたかもしれないけど、二人とも私が呼んだのよ」
二郷先輩は、全員に向かって告げる。やはりそうか。
「二人を呼んだことと今回の調査には何か関連があるんですか?」
「そうね。二人にも聞いて欲しい話なんだけど……っと、京君には挨拶しなくちゃいけないわね。私は静海高校のオカ研みたいなやつの会長を務める、二郷梓よ。はじめまして」
珍しく茶化すことも無く、普通に自己紹介をする。
「噂はよくお聞きします。俺は榊原京です。何の用かは知りませんが、宜しくお願いします」
「噂かー……有名人もつらいものね……」
「何それ?」
京に訊く。この学校の事情は良く知らないが、二郷先輩に何か悪評でもあるのだろうか。人をさらって人身御供にしたとか。
「学年一の成績だからな。二郷先輩は」
「え、そうなの?」
考えてみれば、マニアックな発言も博識と言えなくはないけれど。
「なーんか、ミント君、ネガティブな想像してなかった~?」
「すいません」
「そんなところだけ素直に返さなくてもいいってば……切なくなるから」
本当に、只者じゃないただの変態だと思っていました。
「ところで、妹は何の用で?彼女がオカルト苦手なのは先輩も知ってると思うんですが」
それにオカ研の活動に関しては一度、マリに話しておいたから、彼女が自分から関わるように思えない。
「ふむ。それを説明するために、最初から今日の目的を話すわね。サフィが!」
「まっ、また私ですかっ?」
びっくり箱みたいな鋭いリアクションを見せるサフィちゃんを見て、マリが反応する。
「あれ、そう言えばあなた……」
とマリが何か記憶を探るような表情でサフィちゃんに近づく。期待と不安の色が交じった瞳でそれを見るサフィちゃん。しかし……
「うーん。誰だっけ?」
特に何も思い出せなかったようで、首を傾げながら、見当違いの質問を飛ばす。
「あいつは取りあえず放っておいて、話を続けていいよ」
「では……」
一旦、彼女も自己紹介を告げた後、先程の先輩とほぼ同様の、カシマさんについての話を始めた。
「それで、この問答型という部分なんですが、代表的なものが他にありまして……」
「口裂け女、ですか?」
京が質問する。
「正解。まぁ、口裂け女の例はぶっちゃけ問答無用な部分があるから例外と言えば、例外なんだけど……”私、きれい?”って定型の質問があるからね。カシマさんも、こういった特定の型の掛け合いがあるタイプね」
すぐに先輩が補足説明を入れる。この人は本当に好きだな。
「うへー。私、口裂け女の話が一番苦手だよー……」
苦虫を噛み潰した表情のマリ。
「それで、カシマさんの場合は”手をよこせ”、または”脚をよこせ”などの質問をするのですが……この問いに対して正答出来ないと、質問された部分をカシマさんの呪いで失う……と」
「超物騒じゃないですか!?こんな怪異の調査して、僕ら死んだりしないんですか?」
「それが、今回は悠長なこと言ってられないかも知れないのよ」
「何か理由が?」
僕とは対照的に冷静な調子で二郷先輩に訊く、京。
「今回、その呪いの対象になったのが、ミント君の妹のマリちゃんなのよ」
マジで!? マリからはそんな話全く聞いてなかったのに。
「ネット巡回してたら、変なサイトがあってさ、そのサイトにあった質問がさっきと同じ感じで、何となく拒否するような言葉をクエリに入力したんだけど、その日から変なことが起こり始めてさ」
「怖くなって、先輩に質問した、と?」
「そういう心霊っぽいこと詳しいって話だったから」
「で、私がマリちゃんの話からカシマさんの話だと推測したわけね」
「ところで、サフィちゃん。どう答えたら正答なの?」
「手ならば”今使ってます”、脚についてならば”今必要です”と返すことが、一応の正解とされているみたい、です」
「なるほど……ところで、京は何で呼ばれたんですか?」
「強そうだし、ミント君の友達みたいだから、マリちゃんを護衛してくれないかなと。どう……かな?」
と京に流し目。
「いやいや、しっかり者の京がこんな話に乗ってくれるわけ無いじゃないですか」
ボクが苦笑いしていると、その横にいた京が、
「マ リ さ ん の 護 衛、謹 ん で 拝 命 い た し ま す」
「……はい?」
あまりに滑舌よく言っちゃうもんだから、お兄ちゃん全く京のこと理解できなかったよ。
そっと先輩の方を見ると、計画通りと言わんばかりの表情。何か、特殊な人心掌握術でも使ったのかな。そもそも京は今日道場じゃなかったのかよ。
「宜しくお願いします。あなたのインペリアルナイトを拝命仕りました、榊原京です。」
マリの前に歩み出て、両手を掴み、さながら戴冠式のような構えの京青年。お前、何で役職が西洋風なの。
「はぁ……ははっ……」
マリもリアクションを取れずに苦笑している。京の触れてはならないスイッチが押されてしまったのか?
「それじゃ、行きましょうか」
出発を告げる先輩の声。疑問は尽きないが、一旦断ち切る。
屋上を出る間際、京が僕に近寄って興奮気味に話した一言が妙に印象的だった。
「近いうちに、お前を兄と呼ぶことになるかもしれないな」

いつものように逢う魔が刻の校舎を歩いてる。しかも今回は大所帯。五人が人気ない廊下の幅一杯に並んで歩くその姿は不審と言う外ない。ロマンシング皇帝的な配置で真ん中にいるマリは微妙に窮屈そうだ。
「実際に”カシマさん”が出てきたときは、どうする予定なんです?」
「まず、ミント君含めてオカ研の三人は普通の人より怪異の存在に敏感になってるから、誰かが察知する。そして、ミント君は無様に逃げる」
「僕、逃げるだけ!?」
「あっはっは、うそうそ。ミント君と京君は二人で怪異との距離をとってもらうわ。その間に私の力でカシマさんこと火死魔霊子さんを視覚化する。そっから怪異の封印をするわけ」
「なるほど、大変ですね」
しかし、相変わらず能力って言葉が馴染まないなぁ。
「他人事みたいに言ってるけど、封印ではあなたの力を借りるわよ?」
「へ? そんな事言ったって自分には、何の能力もありませんよ」
「あの……」
そんなことを話ていると、サフィちゃんが口を挟む。
「男なら……四の五の言わずにやってやれ……ですっ」
女の子にそんなこと言われたら、頑張らずにはいられないけれどさ。
「役に立たなくても責めないでくださいよ?先輩」
「あっはっは、そんなに期待してないって」
上がりかけたモチベーションが、バベルの塔のように崩壊したのは言うまでも無い。
しばらく歩いていると、校舎内で歩く場所も無くなり、僕らはあまり人目の無い裏庭の方へに出た。橙の絵の具は裏山へと続いてく林の緑を侵食していく。考えてみれば校舎内よりこちらの方が動きやすく、怪異が現れた際も対応しやすいだろう。逆に、どこから来るのか読み取りにくい面もあるのだろうけれど。すぐ背後に校舎を置き、一方の空間を潰す。
さて、裏庭に来た辺りから背筋の辺りをぴりぴりするような、形容し難い掻痒感や寒気が走っている。二郷先輩はいつもの様に携帯を開いて時刻を確認する。
「そろそろね」
「来ます……」
怪異の予感を告げる静かな声とほぼ同じ瞬きの間に、僕らは全員身構える。さすがに竹刀を正眼に構えた京の姿は様になっている。僕は僕で、花子さんからもらった切れ味の無い銀のナイフを右手順手に構え、怪異の来襲を待つ。
マリが話すところ、何かが起きる度、腕が狙われているそうだ。僕は空いてる左手でマリの右腕を掴み、少しでも不安の無いように、立つ―――けれど。
「怖い、ですね」
怪異が現れたとき、今回は単なる怪我や大怪我ですら済まないかも知れないのだ。僕らなんて戦場にすら向かったことも無い子供だ。未だ、命を賭すという実感も無い。それでも、守る覚悟だけは、ぶれないように、心ごと、構える。
ざっ、と。乾いた空気をさらにひりつかせるように、一陣の風。錆びた鉄の風。膚を総毛立たせるそれは、恐らく怪異の来襲を告げる合図。
突如、校舎側からガラスの割れる高音。ちょうど僕らの立つ真上から、無数の透明な鏃が降り落ちてくる。
「上! 右に向かいます!」
合図を交わし、僕と京はマリの手を引き、校舎側から即座に離れる。歩数にして十数歩。しかしながらガラスを避けるには十分な距離だったようだ。
僕らが数秒前まで立っていた場所に、ガラスの矢の雨が降る。キラキラと残照を跳ね返す様が実に綺麗で憎い。
「ふぅ」
僕と、マリは緊張のせいか軽く息を切らしているけれど、京は呼吸を全く崩さず、ただ、竹刀を構えるのはやめている。
「大丈夫か?」「どこも怪我は無いですか?」
マリに声をかけたのは、ほぼ同時。マリは明るく振舞おうとしているが動揺を隠せていない。声も無く首肯したマリは、僕の手を強く握り、僕はそれ以上の力で握り返す。せめて彼女が少しでも安心できるよう。兄の務めを果たしてやるよう。
「まだ警戒していて!この怪異の動きはまだ、私たちにも解析できてないわ!」
僕らに向けて大きく声を飛ばす。二人は先程の位置からさほど離れてない場所で、細かく目を動かしている。
「……ダレス……ケト……カフ……へー……」
サフィちゃんは何かを呟きつつ、マリと先程の割れたガラスの間に視線を渡らせる。
「あった!あず先輩!マリさんの背後にある樹!」
今までに無くはっきりした調子で彼女が言葉を発すると同時に、僕らの背後の樹から幼稚園児ほどの大きさの枝が、僕とマリで繋いだ手をめがけ落ちてくる―――やばい!
マリをかばう位置に向きを変え、ナイフを構える、が――。
「俺に構わず将を射るなど―――舐めるなぁ!」
京は大声で叫び、構えた竹刀を逆袈裟に切り上げ、思うさま太枝に打ち込む!
無論、その枝が割れたり斬れることは無かったが、僕らの上から大きく軌道が逸れ、何も無い地面に落ちる。
今の一撃で使い物にならなくなった竹刀を見ると、どれだけ本気で打ち込んだか分かる。
「明人君! 目の前の樹の幹、ナイフで突いて! それで怪異の動きは止まります!」
サフィちゃんから声。
言い終わるより早く、僕はマリと繋いでいた手を京に任せ、構えなんて関係なく我武者羅に樹の幹の中心へと輝く銀色のナイフを突き立てる―――。
錐で板を突くような硬く鈍い感覚の後、背筋に別種の物を貫いた実感が走る。
「ミント君。刺したまま抜かないでね!」
振り返れば、走ってこちらへ向かう二郷先輩の姿。和弓を引き絞るように傘を構えている。
「宿木に、死に人の貌、炎を纏い、嫉妬に狂う―――へーラーの子よ。我はこの身に宿りし力を以って、その姿を、白日の元に明かさん―――」
祝詞のごとき呪詛をその口から吐き出し、ほぼ間も置かず、樹の前までたどり着くと、引き絞った腕の弓から、力を爆発させるように、全力で傘を樹の幹にぶっ刺す―――!
すると、木肌が虫の大群を思わす気持ち悪い動きを見せ、傘を刺した部分から少し上に、顔のような部分を作る。
「暴露完了―――これが、今回の怪異”火死魔霊子”の姿よ」
「ふぅ……」
僕らは全員深くため息をついて、樹の幹に注目する。
「疑義疑義疑義疑義疑義……」
樹の幹が声とも言えない様な軋んだ音を上げる。不快な中に混じった哀の響きが、自分の胸の奥を妙に揺さぶる。
「安心して良いわ。カシマさんにはもう怪異を働く力も無いし、何も喋れない。今のうちに、封印を行うから、サフィとミント君は手を貸して」
「はい」
二人で先輩の下に駆け寄る。
木肌の様子を良く見れば、カシマさんを象ったであろうその形は美しい女性の顔のようでもある。そしてその部分を顔としてみたとき、大きな枝を落とした痛々しい姿は四肢を無くした人の姿にも見える。
「しかし、木に宿る……ね。日本神話で言うとこの久久能智神(クグノチ)よりギリシャ神話のドリュアスを感じさせるけど、何にしてもアレンジが悪趣味だわ。本来の火死魔霊子に樹を操る力も無ければ、神話に於ける樹木の精にこんな荒々しい手を使うものはいない……」
二郷先輩は黒の傘を引き抜き、吐き捨てるようにカシマさんへの感想を告げる。しかし、ドリュアス……ドライアドのことか。ドライアドに関わる物語はどちらかと言えば暴力的なものより、美しい娘に化けて樹の中に引きずり込むとか、幻想的なものが多かったよな。確か。
「やっぱり、この街の伝承は、誰かの手で恣意的に弄られているのではないでしょうか?」
考え込むように、サフィちゃんが意見を述べる。
「それをはっきりさせるためにも、もっと新七不思議の解明を進める必要があるわね。さて、固着解除終了。サフィ、カシマさんの転移と再固着をお願い」
「分かりました」
サフィちゃん先程、カシマさんの位置を把握したときのように何かを呟きながら、幹へと手を当てる。彼女の周囲を取り巻く空気の変化を通して、何らかの不可視な力の動きを感じる。
これが漫画なら、ぽわわわとかいう擬音語とともに、蒼白いオーラがサフィちゃんの手の回りから出ているような脚色がされる雰囲気。現実はその肌で感じることしか出来ないけれど。 固着解除というのが終わったのか、サフィちゃんは樹から手を離すと、小さく息をつく。
木肌に見えた顔のようなものは既に消え、自然な
「終わったみたいね。じゃ、次はミント君の出番」
「何をしたら良いんですか?」
「ベントラーベントラースペースピープルーとかアホな呪文言いながら、自分が思う最も恥ずかしい踊りをしてなさい!」
「それ、UFO呼ぶときの台詞じゃないですか!」
「愚兄もそんなのよく知ってるわね……」
悪態をつくマリ。元気なのがうれしいやら憎らしいやら。
「銀のナイフにカシマレイコを移したから、樹から引き抜いて、保存しておきなさい」
「とは言っても、そんな物騒なもの持ってて危なくないんですか?」
「いずれきちんとした処理はする予定だけどね。正しく封印されたはずだし、もう火死魔霊子に霊体としての力もほとんどなくなったから、ミント君レベルの霊体耐性があれば問題ないはずよ」
先輩の後押しに、思い切って僕はナイフを握り一気に引き抜く。
「意外とすんなりいったな」
腕を少し痛そうに片手で抑えて、京が声をかける。
「だね。しかし、腕は大丈夫か。あの太さの枝を竹刀でぶっ飛ばすとか凄かったけど」
「ま、準備運動無しだったから、軽く筋肉痛になっただけだ。寝たら治るさ」
自信満々で言ってるところを見ると、過去にも経験があるのだろう。
「ベントラーベントラー」
自分も変な呪文を言いながら、ナイフを逆袈裟に振リ振り。
「うちの親父なら竹刀でも多分斬るな」
マジかよ。と思いつつ何度かナイフを振ってるうちにある違和感に気づく。
「あれ?」
「どったの愚兄。気、狂った?」
手を止めて、刀体を見る。
「いやさな……このナイフの刃の部分に、宝石っぽいものが付いてる」
小さいけどこれは、サファイアか?確か初めて見たときは装飾品らしいものは全く付いてなかったはずだけど。
「見せてもらえるかしら?」
「見せて、くださいますか?」
とオカ研の二人が近づき、刀体を覗く。女性二人が顔を近づけると、春の花びらを思わすようないいにおいが僕の鼻まで届いてくる。僕は妙な恥ずかしさを感じて、思わずこの場を離れたい気分になる。
「うーん……確かに最初見せてもらったとき付いてなかったわねー」
考え込む表情の二人。
「……ケセド」
呟くサフィちゃん。
「何か気づいたの?」
「いえ、特には。ただ、サファイアと言えば、セフィロトの樹に於けるケセドの石を表すかな……と思いまして」
「ふむん、面白い発想ね。セフィロトの樹か」
「特に何の意味も根拠もない……ですけど」
ちょっと、話が入り組んでるみたいで、自分には話が見えない。
「どういうことですか?」
「今回の新七不思議に関して、カバラの秘術が関わってるのではないかという、まぁ、荒唐無稽気味の話ね」
「あぁ、カバラなら自分の知識にもほんの少しだけあります。ユダヤ教やモーセとも深い関わりがある、くらいの知識ですが」
「そんなカバラの中でも、数秘術という部分は錬金術にも関わってて、今のオカルトにも深い影響を与えてるの……です」
「サフィは私と違って割と術的なものが好きだからね。私はカバラ関わると途端に眉唾なイメージあるから苦手なんだけどにゃー」
オカルトを信じる人の中にも色んな派閥があるんだろうな。発言を聞く限りは、二郷先輩の方が民俗学に寄ってる気がする。
「そうですか」
きちんと納得したわけではないが、ある程度は飲み込めた。
「ねぇねぇ、私にもそのナイフ見せてー」
とマリが肩越しに覗いてくる。ホイと彼女にそれを渡そうとするが拒否られる。
「だってそれ、ユーレイが入ってるんでしょう?愚兄が持っててよー」
めんどくせぇ。と思ったけど、怪異から開放された祝いとして、一度だけ優しくする。
「すごーい。本物っぽいー。きれー」
「欲しいならやるけど?恥妹」
「いや、だからいらんて」
気軽な口を叩けるのも、さっきの状況を乗り切ったからと考えると感慨深いな。
「明人、マリさんが嫌がることはやめようか……」
「あら、京くん。ちょっと声色が怖いんだけど……?」
手刀を僕ちんの喉元に突きつけるのはやめてくださる?
「でも京くん、今日はホントありがとう」
と良いタイミングで京の肩を叩き、今日の頑張りをねぎらう先輩。
「あ、いえ。自分も貴重な体験が出来ましたし……それに」
と言って京はマリをちらりと見ると、恥ずかしそうに視線を戻す。
「いえ、何でもないです」
出した言葉は口の奥に引っ込めても、感情は顔の外に出たままに見える。
「あの、京くん。私からも、ありがとうね。かっこよかったよ」
そんな京を知ってか知らずか、兄が知る中でもかなり純度の高い笑顔で彼に礼を告げる。
「有 難 き 幸 せ」
「それじゃ、本日は新七不思議の一つ”カシマさん”の封印をもちまして、活動を終了します。みんな、ありがとうね」
みんなに解散と礼を告げる。空を見れば、今日も世界に夜闇が満ちようとしている。この場所からは旧校舎が見えないけれど、もうそれは現れているのかもしれない。
帰り際、疑問が一つあったので、二郷先輩にぶつけることにした。
「そう言えば、カシマさんは今後、七不思議として機能しないんじゃないですか?」
「うーん。それは正解でもあり、誤答でもあり」
「どういうことですか?」
「あんまり言いたくないけど、根っこの問題を解決しないと、この件は完全に終わったと言えないの。例えば、今回マリちゃんが開いたサイトとかね。URLはメモッたけと、アクセスしても、ページ自体がもう消えていたみたい」
「それを解決しなきゃ、また同じ事態が起こる可能性がある?」
「あるわね。それに、私が言ったように伝承は人が噂する事で形を持つの。今回は怪異が暴走したような例だけど、目に見えない怪異はいつも、現実の皮を一枚剥がしたところで、言葉もなく存在してるのよ」
「なるほど。怖いような、でも在り方としてしっくりくるような……」
「怪異は死なないの。機能をなくしてもね」
先輩達と別れて寮へと戻っていく。京が帰りの護衛をしようという話は、彼の体調を理由に丁重に断っておいた。
遠からぬ未来、僕にも弟が、出来そうです。
空に浮かぶ星を、銀のナイフに反射させて、マリと二人で夜道を歩く。
「オカルトも怖いけど、どっかに惹かれるのは分かる気がしたわ」
とマリの言葉。
「せっかくだから、今度紅哉おじさんに会わなきゃな」
「喜びそうだねー……」
「ははっ、確かに」
笑い声は静かな空に吸い込まれ。
「あのぅ……ところで、私のこと忘れてない……?」
袋から顔を出す、クマのぬいぐるみ。
「あ、首吊りグマ」
「フランって言ったはずなんですけど!そして首締めたのキミらですし!」
「ほえー」
マリは興味深そうに、フランをじっと見る。前だったら話を聞くのも嫌がっただろうに。
「この子、やっぱり返してもらっていい?今見ると、何か可愛い」
僕を見上げながら。人は変わるもんだなと実感する。
「お前とフランが良ければいいよ」
「この人たち首掴むんで、あなたがいいです」
そう言って、フランはとてとて僕の手から、マリの手へ。
「わーい。今日は抱いて寝るぞー」
強烈に頬擦り。
「首っ、また首っしま―――」
首吊り熊の断末魔も吸い込まれていった、穏やかな夜。

第四話終。折り返し地点?

Mar 16, 2009 11:49am

ZEVEN E-LEVEN 第三話『静海高校旧七不思議』

*1C:『静海高校旧七不思議』
放課後、また日暮れの屋上に集まる三名。やはりサフィちゃんは昨日と同じウィッチハットにローブにマントの出で立ちだ。
「それでは、月河十一魔霊封印式解明研究会、略してオカ研、新メンバーに栗生明人を加えての第一回活動をはじめまーす」
「……おねがい、します」
「略になってないですけど、オカ研でいいんですか!?」
「毎回そう名乗るの面倒だしね」
確かに。
「それでは、新規会員であるミント君の為に、活動内容を説明します。サフィが!」
「え、えぇ!? わ、わたしが、ですか?」
慌てるサフィちゃん。何というか小動物みたいで可愛い。
「え、えと…あの、そのですね……」
「月河市……(ぼそり)」
てんやわんや気味の彼女に二郷先輩が何かアドバイスをする。
「私たちの通う、静海町がある月河(つかわ)市には、ですね。妖怪や怪異に関する現象が多く発生する、です……あの、それで……」
「魔術的に……(ぼそり)」
何かこの傀儡っぽい感じ、最近ニュースで見たことあるなぁ。
「その怪異について原因を魔術的に解明、ひいては封印する……それが目的、ですっ」
大して長くも無い説明が終わる。
「説明ご苦労。サフィ」
「お疲れ様、サフィちゃん」
「えへへ……」
でもいいか、可愛いし。
「ところで、月河市で起きる怪異については、何か参考文献があるんですか?」
この地に縁のある民俗学者が編纂した資料とか。
「うん、良い質問ね。ここからは私が説明しましょう。基本的に、この地の伝承に関する文献を纏めた資料は存在しなくて、雑多な伝承がとっちらかった状態になってたの。それらの伝承に関しては、私とサフィによる図書館や足を使った調査で、ある程度は纏めたのだけど……」
「その資料に何か問題でも?」
「集めた伝承と、このところ月河市で起きている怪異については、体系的にズレが存在するのよ」
「体系的、と言うと?」
「そうね……例えば、あなたが和食の料亭に行っていて、懐石料理をつついてるわけよ。次々に伝統的な郷土料理や和食が出てくるのだけど、食後の菓子がチョコレートケーキになっちゃってるの」
「本来の郷土伝承だけはなく、西洋的な怪異が発生してる……ということですか?」
「簡単に言えばそういうことね」
「あの……その西洋的な怪異の部分に、魔術が関わってる、みたいなんです」
見た目も魔術に詳しそうなサフィちゃんが付け加える。
「となると、先輩たちがまとめた資料は使えないということですよね。それでは、調査には何を使ってるんですか?」
「噂よ」
ほえ?
「伝聞、口コミ、タレコミ、掲示板の書き込み……そういった情報ね」
「え?その手の情報は信憑性が低いんじゃないですか?」
匿名での情報や又聞きの噂話なんて、情報の劣化が起こってしまう上、確証の無い不特定な情報が多くなってしまう。
「あの……それが、いいん、です」
「どういうことですか?」
「オカルトはね、”隠されたもの”って意味なの。既に誰もが知っていて明らかになったような情報こそが、オカルトとして劣化してるのよ。西洋人がキリスト教をオカルトと認識する?そうは認識しないでしょう?」
「なるほど……」
一理ある、と思う。
「でも、やはり情報をある程度絞らないと、無駄足になることも多いんじゃないですか?」
「ふむ……その意見はある意味で正しいわ。ただ、情報を篩いにかけるのは自分の足で調べ目で確認してからでいいの。無駄足はその情報が間違ってる確証を得る過程であり、より精度のある情報に近づく手段でもあるのよ」
「あと、それに、こういったものは、一種の宝探しのようなもの、ですし……」
「そうなんですね……理解出来た気がします」
「ちなみに最近は、この学校にまつわる新七不思議について調査をしてるわ。ま、手をつけやすいとこだしね」
「……ということで、本日は、校内探索を……します」
「ミント君に会ってもらいたい先輩もいることだしねー」
先輩って、二郷先輩が最高学年だから……
「OBか浪人した人ですか?」
「んふふ~、それは会ってのお楽しみね。取りあえず、旧七不思議ポイントから回りましょうかね」
ひとまず三名は屋上から校舎に戻り、で、最初にやってきたのが……
「第一、旧七不思議ポイント”十三階段”!」
「……ですっ♪」
「近っ!」
ドア開けてすぐじゃないですか。
「まぁ、そうねー。ただ、聞いての通り”旧”七不思議だから、今は機能してないものがほとんどね。これはその一例」
「なんかみかん箱置かれてるんですが」
明り取り窓から差し込む夕日に黄昏た姿が実に哀愁を誘う。
「まぁ、何となく私が置いたのです……」
「え、サフィちゃんが!?」
「本来の、十三階段の怪異ってのが、本来存在しない十三段目の階段を昇ってしまうと異界にたどり着くってやつでね」
「屋上も僕にとっては異界ですがね。初めて怪異に出会った場所ですし」
「とりあえず、このダンボールが十三段目代わりってことね」
「試しに登って、みます……?」
「何か見えるかもよ? 新たな自分とか、女装癖に目覚めたりとかね」
「そんな、ブランニューマイセルフ要らないです」
取りあえず、勧められるがままミカン箱に足をかけ、両脚をそこに乗せると―――
可視世界が猛スピードで上へと向かって行くっ―――。
どすん。
「箱、壊れたんですけど」
「ま、そうだろうね。」
「はう~……ぐすり」
サフィちゃん泣いてるし。いや、昇るよう勧めたのあなたですからね。
「じゃ、次、行きますかね」
「はーい」
「……はい」
みかん箱の亡骸を抱えたサフィちゃんを引き連れ、逢う魔が刻の廊下を進んでゆく。
蜜柑色した夕焼けは、全てを溶かすように空気を侵食してゆく。伸びる影を透かして見る少し時空が傾いたような錯覚。
「次は音楽室のピアノとか肖像画の目とかのベタな話になるんだけど、この辺はダイジェストでいいかしら?」
定番のアレですか。
「そうですね。機能してないんでしょ?」
「待って下さい!」
急にサフィちゃんが大声を出す。
「あ、あの……せっかくですし、まだ、栗生君、この学校の音楽室見たことないから、案内するのも……」
「うーん、ま、それもそうか」
そんなこんなで……
「音楽室に到着です」
「大きいですね~。しかも結構本格的な設備だ」
「音楽機材室が、放送室と録音室を兼備してます、です」
そう言うと、サフィちゃんがピアノチェアーに腰を下ろし、スタインウェイと銘打たれたグランドピアノの黒鍵を、その白い指で撫でてゆく。すると奏でられる穏やかな旋律。グリーンスリーヴスだろうか?音楽に詳しくない自分も、民謡なら何となく分かる。
浸るように耳を傾ける、目は淀みの全く無い運指から離せない。
「ふぅ……」
最後の音が鳴り終えると同時に、息を吐くサフィちゃん。残響音の後、場に戻る静寂。
「あら、サフィやらしいわねー。こんなところで腕自慢なーんて」
「いや、でも、本当に綺麗な演奏でしたよ。素人の僕でも聴き惚れるくらい」
「えへへ……」
喜んでるサフィちゃん。どうも素になると、表情が大きく変わるみたいだ。目が大きいせいかも知れないな。面白いや。
「サフィちゃんってどっかの名家の娘さんなの、かな?(世間知らずな)佇まいとか、さっきのピアノ弾くときのイメージとか……」
「あれ?ミント君知らないの?サフィはこの辺でもゆ―――」
「はわわ、話しちゃだめなのです!」
猛烈な勢いで話を止めるサフィちゃん。
「え、ダメなの? いずれミント君も知ると思うんだけどなぁ……」
「それでもダメなものはダメなのです!」
結構必死。もしかしたら、僕にはそれを話すに足る信用が無いだけかもしれない。
「別に気にしないで大丈夫ですよ。無理に聞くのは僕も本意じゃありませんしね」
笑顔で答えておく。
「私に、興味……ないんですか……?」
話したいのかよ! どっちなんだよ全くもう!
「いや、興味が無いわけではなくて、ホントは興味があるんだけど、サフィちゃんの望むようにしてやりたいって思いで、こう……我慢するというかなんと言うか……」
激しくしどろもどろな僕を正気に戻すように、パンパンと手を叩く二郷先輩。
「はい、いちゃつきそこまでー。次のポイントに向かうわよー」
「「はーい」」
再び日暮れの廊下に長い影が三つ。
「音楽室は、二つ分七不思議があったから、次が四つ目……と言いたいとこなんだけど、四つ目の骨格標本も、五つ目の人体模型も今は撤去しちゃってるのよねぇ……」
「と言うことは?」
「その辺スキップね。あとは……七つ目の旧校舎と、六つ目の花子さん、か」
歩きながら少し考える素振りの二郷先輩。窓の外は少しずつ夜闇の藍に侵食されようとしている。
「ふむん……。もう、頃合……か。そんじゃ、先輩に挨拶しに行きますかね」
「先輩って誰なんですか?」
「迷わず会えよ、会えばわかるさー」
そうして辿り着いたのが……男子トイレでございます。
「ところで一言いいですか?」
「どうぞ」
「二郷先輩の言う”先輩”ってもしかして、六番目の怪異と密接につながってます?」
何かややこしい言い回しになったが気にしない。
「あら、ご明察」
いや、まぁこの展開だったら何となく感じますよね……
「はーい、じゃあ手前の個室から三回ノックして、花子さんいらっしゃいますかと言って行きましょうか」
「うわー。それ本気でやるんですか~?」
小学生のやりそうなことだなーと思いつつ、一つ目の個室から実行していく。
一つ目……反応なし。
「何というか、子供の頃に戻ったみたいですよー」
二つ目……反応なし。
「こんなこと意味あるんですかーわははー」
とん、とん、とん。何だか楽しくなってきて軽快なノックを手前から三番目のトイレに向ける。
「はーなこさん♪ いらっしゃいますか♪」
しかし無言。
「なーんだ。やっぱり花子さんいないじゃないですかーあははー」
と、三番目の個室に背を向けた瞬間、物凄い勢いで背筋を疾走する寒気。
「我の眠りを妨げる愚か者はダレダァァああ嗚呼亞蛙……」
地の底から震え出すような、重く、そして人を恐慌に陥れるような声。
「扉の外にいる少年よ……貴様かぁああアア嗚呼亞蛙唖亜蛙」
「え、何ですかこれ。ちょっと、旧七不思議って機能しないんじゃないんですか?何か絶対この中恐ろしいものいますって……ちょっと何でみんな落ち着いてるんですか?……早く、逃げないと……」
しかし、怪異による恐れからか僕の足はタイルの床に貼り付いて動かない。
「ねー、花子先輩、そこまでにしたらー?」
二郷先輩が、とぼけたような声をトイレの中の怪異に向ける。いや、そんな迂闊なことしたら、襲われるんじゃないの!大丈夫なの!?
「あいー……もう飽きたー」
トイレの中から返ってくる声は先刻と天と地ほど違い、標準的な少女の声。
「開けますよー?よもや花摘み中ってことは無いですよねー?」
いや、もうちょっとお上品に会話して下さいよ。
扉を開けると中には……
「お前も浪人業にしてやろうかーーーー!!!」
などと戯言を垂れつつも、なんか凄くやる気なさそうに宙に浮いた一人のセーラー服女学生の姿。取りあえず、おかっぱの似合う美人である。
「なんか……二郷先輩に似てますね」
雰囲気とか髪型とか。
「それは光栄」
と花子さん。ふよふよ浮きながら。
「ところで、そこの純情☆ゆるふわボーイは誰ー」
「あー、彼はオカ研の新入りで、ミント君ですっ」
「うおい!偽の名前教えないでもらえます!?」
「よろしくねー。ミント君とやらー」
しかも、早速定着してるし!こういう運命なのかね。いっそミントに名前を変えろって、そういうこと?
「よろしく、お願いします……」
「しかし……ミント君からは、何かこう、二人みたいな力を感じないのよねー」
と花子さん。まぁ、そりゃ僕は一般人ですし。
「いや、正確に言えば力はあるように見えるんだけど、全くその居場所が分からない状態というか……」
「やはり、花子先輩にもそう見えるんですか?」
「私も……感じるところがあります……」
オカ研の二人も花子さんの意見に同意する。
「サフィちゃんの能力で、彼の力が何なのかわかったりしないの?」
「いえ、私の力では……無理みたいです」
「サフィの能力は、物質に触れずに中の物を動かす、だしねー」
「心の中は、さすがに無理……と」
当人である僕ひとりだけ置いてけぼりなムードが、男子トイレを支配する。姦しいって言葉が頭に浮かんだものだが、いやはや。興味のある話ではあるけど、自分の中から現実離れしたようで、いまいち話に参加しづらい。
「そうだ!」
少しの間のあと、花子さんが思いついたように、喋り始める。
「彼に私が取り憑くってのはどうだろ?霊的な触れ合いによって、彼の力が覚醒するかも?」
いやいやいや、取り憑くとか、さすがに怖いですし。
「いいですねー」
「面白そう……なのです」
あっれー、何で二人とも同意しちゃうかなー?
「レッツ憑依」
花子さん笑顔でこっちに向かってきてるし!
「ちょ、ちょっとやめてください! さすがに心の準備とか色々出来てませんってばぁ!」
効果は無いだろうけど、無我夢中で両手を彼女の前に突き出す……すると。
「あれ……これ以上先に進めない」
僕の差し出した手からこちら側へ進めない様子の花子さん。
「こ……これは……」
驚いた様子の二郷先輩。
「え、何かすごいことやってるんですか?自分」
ついに秘められた力が覚醒したとか!?
「これは凄い拒絶っぷりね!!」
「そうね!!」
「え! そんだけですか!?」
僕が驚きの声を返すと、二郷先輩は褒め称えるように言葉を返す。
「いや、でも、相手によほどの意志が無い限り、取り憑くこと自体は難しくないのよ。それを意志の力で弾き飛ばすなんて、なかなかやるわねミント君!」
「いやー、それほどでも……」
そんな褒められたら有頂天になってしまいますよ……
「と、油断したその隙にぃ」
するり……と、花子さんが僕の身体に侵入する。
ぞくぞくぅっ!
血液の中に凍った水が混ざり、それが全身を駆け巡るような気持ち悪さ!
(ふむん……)
しかも脳内から花子さんらしき人の声が聞こえてくる。うわぁ、ダブルパンチで気持ち悪い……なんだこれ、取り憑かれるってこんな感覚なのか……っ。
(いえーい、ミント君きこえるー?)
うわぁい、超うざいですー。
(うざいとか言わないでよー、乙女だから傷ついちゃうよ?)
あ、ごめんなさい。脳内だから繋がっちゃうんですか。思考。なんかめんどくさいなー、ってこれも伝わっちゃうわけか。これじゃ外の思考が向かいやしない。多重人格の人ってこんな感覚味わうのかな? だとしたら嫌だなーなんて。頭の一部がアウトプットする何かに直接繋がったみたい? というかインプットも?なんだろう、インターフェイスが増えたというかそういう感覚だ。怖いな。気持ち悪いな。花子さんに悪意はないのだろうけど、だめだ。
(まぁ、かなり混乱してるみたいだし、あたしは一旦外に出るねー)
そういうと身体の中から、生気を吸い取られるような寒気が、すっと抜けてゆく。
「おかえりー」
外側に出た花子さんに、話しかけられる。
「うっうっうっ……大事なとこ汚されちゃった……」
僕のデリケートゾーンというか、プライベートゾーンというか、その最たるものである脳内を蹂躙された。
「あらやだ、ごめんなさいね(でもちょっと征服感)」
何かへんな電波が伝わってきたぞう。まだ微妙に霊的なつながりがあるんじゃないかこれ。
「あの、ところで、栗生君のこと……何か分かりました、か……?」
サフィちゃんが恐る恐る花子さんに問う。
「ミント君のこと?そうね……彼の中にはいくつか力の元となる卵のようなものがあって、それがまだ割れてない感じ。いくつもの可能性を抱えた存在って感じね。残念ながらそれ以上のことはロックが掛かってるみたいで私には認識できなかったわ」
「そうですか……」
答えてはみるものの、やはり現実感が無い。
「ま、どんな力か知りませんが、本当に必要になったら発動するでしょう。それでいいですよ。今は」
「まぁ、でも私は君が気に入ったよ」
どうやら花子さんには興味を持たれたようだ。
「気に入られついでに、一つ聞きたいんですけど……」
そう告げて僕は、フランの入った小物入れをまた取り出す。
「これについて、何か分かることありませんか?」
「ふいー。どうも、フランと申します」
出てきてすぐ、皆に挨拶をするフラン。
「かわいい、です……使い魔にしたい……」
目を輝かすサフィちゃん。
「綺麗に乗り移ってるわねー。この感じは、生霊ね?」
「そうみたいです。妹の所持品だったんですが、妹もフランも憑依に関する記憶はないようで」
「死なせば元に戻るんじゃない?」
なんでみんな、同じ発想なんだ……
「でっ、出来れば死なない路線でお願いできますかっ!?」
あせるフラン。
「そ、そうなのですっ! かわいそうですよっ!」
止めるサフィちゃん。この子らは相性良さそうね。
「そうね、科学じゃないけど、怪異や霊的存在についても常に原因があって結果があるの。その因果関係や過程にあったことをはっきりさせることが、フランちゃんの謎を解明する鍵になるんじゃないかしら?」
「自分にやったように、憑依して彼女の中を調べることは出来ないんですか?」
さっきはそれで自分の知らないことが分かったみたいだし。
「無理ね。霊魂とその器である身体にしっかりとした繋がりがないと、潜り込むことはできないの」
「さっきの花子先輩は、あくまで、あなたの霊魂の中じゃなく、身体の中に入っただけだからね」
「なるほど、霊魂の中には入ることが出来ないと」
「ま、ピザまんの中にピザが入れないのと同じことよ」
「花子さん、適当言ってます?」
「まぁね」
しかし、七不思議の存在がこんなにファニーでいいんだろうか。どうも最初の一件以来はファニーな怪異しか見てない気がする。
「そう言えば、旧七不思議って機能してないんじゃないですっけ?」
二郷先輩に問うてみる。
「実際、多くは機能してないし、花子さんにしても人を脅かす存在として機能してないのよ。時を経る中で、いつの間にやら伝承されなくなってしまった。だから、ここで”新”七不思議が出てくるの」
「ま、実際、80年代頃の七不思議にはもっと情緒があったわねー……それは、あなたたちが言う旧七不思議とも違うのだけど。今の七不思議に関して私は全く関わってないからね」
花子さんが少し寂しそうな表情で語る。その貌には彼女が刻んできた過去の歴史みたいなものが染み付いてるようで、どこか重みを感じさせる。
「語られない言葉はその力を無くして、消えていってしまう。誰にも気付かれなくなったものは、その姿をなくして、存在すらもなくしてしまう―――霊的存在ともなれば、人が信じてくれることが全てなのです……」
サフィちゃんが付け加える。確かに、そうなのかもしれない。
「怪異や妖怪の類が人を襲うのには、自らのの存在を知ってほしいという意味もあるのよ。声無き者の自己主張ね。一応、私たちのやってることには、彼らを守る意味もあるの」
「そうなんですね……」
考えると、このオカ研と言うやつも、高尚なことをやってるように思える。
「私としては、のんびり過ごせる今の環境も悪くないって思ってるわさ。最近だと、時々恋の相談で会いに来る女の子とかもいるしね」
「花子先輩、すっかり丸くなっちゃいましたね……」
「ま、最近はそういうのが受けるみたいだし?」
「深いことは言えないですけど、僕もそういう在り方があっていいと思います。はい」
僕の発言を聞いたみんなは、満足げに頷く。
「新入りにしちゃ良く分かってるわね。あなたもいつでも恋の相談に来なさいな。胸を貸すくらいはしてあげるわよ」
「感触ないからいいです」
「言うわね」
「そいじゃま、話もまとまったとこで、本日の最終イベントに向かいましょうか。花子先輩、また来ますねー」
「今後も、よろしくお願いします」
「あの、失礼、しました」
「じゃあねー……と、あっ、一つ忘れてた。ミント君に一つプレゼントをあげるわ」
「なんです?」
「さぁ、私の胸のときめき☆スイッチを押すが良い!」
宣言しつつ胸を張る。いや、そもそも霊体触れないですし。
「そうですか。では次に行きましょうか」
オカ研のみんなを促しつつ、早足で立ち去ろうとする。
「ごめんごめん、冗談だってばぁ」 
「まぁ、わかってますけど」
「そこの上から二番目、左から三番目のタイルをプッシュねー」
言われるままに、冷たいのタイルを押し込んでみる……と、ばね仕掛けの引き出しみたいに箱が出てきた。誰が作ったのよこれ。
中身は、銀で作られたと思しき小振りなナイフ。磨かれていて瘴みはなく、ルーン的なものが彫られているものの、装飾品的価値は低そう、また、刃に手を触れても切れ味は全く感じない。
「どうしてこれを?」
「ふふふ、魔除けのような物と思ってなさいな。銀には色んな力があるしね」
「なるほど。ありがたくいただきます」
古代から銀には魔除けに纏わる話が多いものな。このサイズで特に凶器としても使えないだろうし、人に注意されることはないだろう。
「では、また」
タイルを元に戻し、魔除けのナイフをポケットに。
「せっかくプレゼント上げたんだから、オカ研の用事じゃないときも来なさいよ?」
「はいはい。わかりましたとも」
花子さんに別れを告げて、今度は屋上に向かう。
「あれ、次はさっき言ってた旧校舎ですよね?」
キラーン。と架空のメガネを輝かせながら。
「ふはは、そうよ、旧校舎よ!ミント君、こっからが本番だから気合入れてつかぁさいね!」
本番って何だ? そして、何故屋上? 様々な疑念を抱えつつ、夜闇と電灯の光が鬩ぎ合う十三階段を歩く。七不思議は既に機能していないと二郷先輩は言うけれど、こうやって見れば、今も尚、恐怖を抱かせる存在のように思える。
僕は先程まで重く感じなかったはずの扉を開き、屋上に出る。擦音と軋音、ガ行の音が夜空に響く。
先程までは―――雲一つなかったはずの、空に。
空に、巨大な木造の城が、浮かぶ。
「―――なっ!」
僕は息を止め、そいつを見上げる。藍色のグラデーションに散りばめた宝石の雨、その中にあって文字通り、聳え浮かび上がっている。ライトアップされたように、不自然なまでに鮮明に。
「ミント君、説明、要る?」
灯りのないところで見る先輩の顔は、どこか妖艶。
「お願いします」
恐らく、これが二郷先輩の言う旧校舎なのだろう。しかし、この巨体が空に浮いているなんて、オカルトであろうと不思議現象であろうと、何らかの組織が調査に動いてもおかしくないような存在に見えるのに、この町の人々は何故こんなにも静かなのだろうか。
「多分分かってると思うけど、これが第七の怪異”旧校舎”ね。昔は旧校舎があった中庭周辺で現れていたそうだけど、今は屋上に上らないと見えない存在になってしまったの」
「他の場所からは見ることが出来ないんですか?」
「あの、固有の結界のようなものがあるみたい、なんです。それで……」
「この場所から出しか見えない?」
「……です」
「すごいー」
袋から頭を出し、感嘆するフラン。
「確かに、すごいですね……」
他に言葉が出ない。静寂をたたえた三名と一匹による八つの瞳は、逸れることなく旧校舎に注がれている。僕が胸に抱いているこれは、感動ではなく畏敬なのだろう。かの、宙に浮かぶ売春婦の島のように、ある種の神々しさを抱えて。僕らの眼前はそれに満たされている。
決して距離は遠くない。けれど、きっと僕らの手は旧校舎に届くことない。
「新七不思議を解く一番の目的は、旧校舎がこうなった謎を明かすことね」
「ま、そんな本気で見ずとも、今後何度も目にすることになるわ」
「毎晩現れるんですか?」
「条件はあるにはあるけど、ほぼ毎日ね。本来のオカ研活動時間帯も夜だから、活動中はこの旧校舎に見つめられることになるわ」
「月みたいなイメージですね」
木造の旧校舎が満月のように僕らを追いかける姿を想像し、苦笑する。
「ん……そろそろ、消えるわね」
先輩が携帯の時計を確認すると、空に浮かんだ大きな影は徐々に明度と彩度を失い、夜空の色に溶けてゆく。僕が静海十一大魔霊封印式研究会に関わるようになって二日目、既に幾つか怪異と言うべき不思議な現象を目にした。しかし、この規模の怪異は自分の想定できる現実という箍を大きく飛び越えていた。紅哉おじさんも言う通り、この地にはやはり特殊な力があるのだろうか?
由無き事を考えている間に、巨大な旧校舎はその姿を消し、僕らの目は旧校舎の影があった場所、今は星が輝く夜空を捉えている。
「じゃあ、今日は一通り見せたい物も見せたことだし、そろそろお開きにしましょうか」
星空から目を離し、先輩が告げる。
「そう言えば、これからの活動はどうするんですか?」
「怪異の発生周期みたいなものがあるからね。それに合わせてメールなり連絡入れると思うわ」
「分かりました」
そして、僕らは帰路に就く。寮住まいは僕だけとのことなので、校門で二人とは別れることになった。
「じー」
僕を見つめるサフィちゃん。メドゥーサとはこれまた陳腐な表現だけど、見つめられるとリアクションがとりにくい。
「じゃ、じゃあまたね?」
と、僕が別れの挨拶をすると、途端に笑顔で、
「……ごきげんようですっ」
と返してくる。案外表情のある娘なのかなと思うけど、彼女の情動に関するスイッチは、いまいち把握が出来ない。仕方ないか、まだ出会って二日目だ。
さて、彼女たちと別れを告げて歩き出す。この静海に来てからの二日のことを思えば、かつて体験したことの無い世界が僕の記憶を次々更新してゆくような感覚に満ちていて驚く。そして、それが恐ろしくもあり、どこか愉しくも感じている、そんな自分を知る驚き。
街灯が点々と燈り月が青白く照らす黒の道は、僕を寮へと導く一本の線。車通りが少ないけど、僕は道路の端を歩く。そこにある感情は、まだ新しい土地に慣れない警戒心だろうか。路側帯の白線を踏みながら、少しだけ警戒心の外へ向かってみた。けれど、道路の真ん中を歩くのはまだ無理みたいだ。
空を見上げれば、静かに星が輝いている。夜空に浮かんでいた旧校舎は気配すら無い。ただ、今は静かに夜の色をその表面に浮かべている。一枚剥いだ向こうに存在する謎を、隠して。


第三話終。まだまだ続くよ。

Mar 10, 2009 2:45pm

ZEVEN E-LEVEN 第二話『首吊り熊の怪異』

*1B:『首吊り熊の怪異』
僕は彼女達に改めて自己紹介をしたのち、寮に送った荷物の整理のため別れた。研究会の活動はメールで知らせるとのことなので、交換したアドレスが電話帳の中に。
「よく考えれば、友達第一号なんだなぁ」
なんて、的外れなことを考えながら、学校そばの学生寮「みすず寮」に到着する。寮長のお嬢さん(みのもメソッドでお届け)に挨拶をすると、自分の部屋の鍵を賜わり、指定された部屋に向かう。全部屋完全個室ってのは嬉しいような、寂しいような。
一階はパブリックスペース、二階が男性寮、三階が女子寮となっているそうだ。僕の部屋は二階221号室。
「ただいまー」
を言う相手もいないけど、取りあえず、真っ暗な部屋な空間に帰宅を告げる言葉を投げる。それだけでこの場所が自分の帰る場所になったような錯覚を、僕は手にする。
「もう、遅いじゃないの」
「えっ?」
真っ暗な部屋から返るのは、僕じゃない誰かの声。しかも、恐らくは女性。僕は戸惑いながら扉の脇にあった電気のスイッチを入れる。―――けれど、少なくとも目に見える範囲に人陰はない。
「あのー、どなたかいらっしゃいますので?」
恐る恐る声をかける。もしかしたら僕の部屋だけ、準備都合上、一時的に相部屋とされたのかもしれない。だとしたら仲良くしなければならない。
「こっちよこっち」
呼びかけられるままに、未整理のダンボールが三つほど積まれたベッド脇まで進む。しかし、人影はない。
すると、ダンボールの中からトントンと箱を叩く音が聞こえる。
……ナニコレ?
また、怪異?それとも毒されまくった僕の感覚がおかしくなっただけ?
「アケロ」
少なくとも人が入るスペースのないそこから、こもったような再度の声。
うあぁ、開けなきゃいけないのか憂鬱だな何が入ってるんだろうなぁ開けた瞬間襲い掛かってきたらやだなぁ、とか思いながら、取りあえずダンボールの中を封印するガムテープ様をぴりぴり引っ張ってゆく。
「こわいのでませんように、こわいのでませんように」
上蓋をゆっくり開くと……体長10cmほどの小さな熊のぬいぐるみが「よっこらせ」と年寄りめいた声を出して立ち上がった。
「ふー。やっと箱を出られたわ。この中、空気が悪いったりゃありゃしない」
そりゃ、生き物が入るものじゃありませんしね。もうこの程度じゃ驚きませんよ、僕は。
「ていうか、キミ、妹のぬいぐるみじゃないの?」
取りあえず、なぜ動いてるか分からないそいつに話しかける。僕の荷物にぬいぐるみはないはずだ。
「へ? ぬいぐるみって、何?」
そう言うと彼女(?)は身体のあちこちを、そのまん丸い手で触りながら、灯りの下、一通り自分の身体を見ると……
「ちょまーーーーー!!!」
奇怪な声が上がった。スケールが小さいから音量は決して大きくなかったけど、高音がきつくて耳がキーンとなった。
「ど、どったの?」
「ぬいぐるみ、なっとる」
「んなことは、見りゃわかります」
「そ、そうじゃなくてね。わたし、人間」
は?
「僕の目には、ぬいぐるみにしか見えません」
そう告げると、目に涙を溜めたように僕に語りかける。
「私ね、人間だったはずなのよ。ついこないだまで、汗で体温を調節して、箸でご飯を食べる生き物だったのよ……それが……」
「何の因果かこの形……と?」
「理解が早くて助かるわ」
実際は何も理解したつもりはない。
「こうなったことに関わる記憶ってないんですか」
「うーん…………」
考え事をする、クマ。ぬいぐるみでも結構表情が分かるのは面白い。
「はっ!」
天啓を受けたような仕草を見せる。この人、人間だった頃も表情豊かだったんだろうなぁ。「何か思い出しました?」
「私は……」
彼女のネクストアクションに期待する。張りつめる空気―――
「私は、だれ?」
は一瞬で解けた。
「何ですかその肩透かしな台詞は。観客の期待とか裏切らないでください」
「そんなこと言われても、思い出せないんですもん……」
俯き、地面にのの字を書き始めるクマ。
「取りあえず名前とか思い出せないんですか?」
「……えへ」
もうしわけなさそうな笑顔。
「えへ、じゃなくて……」
頭を抱える。ただでさえよく分からない事態なのに、状況すら上手く把握できないなんて。
「頭抱えられても……泣きたいのはこっちの方なんだよぅ~」
それもそうか。彼女なんかいきなりぬいぐるみになるわ、箱の中に閉じ込められてるわ、見知らぬ場所にいるわ。それでも笑うことが出来るのは、彼女が強い人だからかもしれない。
「はい、よしよしー」
頭をなでてみる。ふわふわした体毛……もとい毛糸が気持ちいい。
「うーん、ほんと……何も思い出せないよー」
困ったように首をかしげる。あらまぁ、可愛い。
「どうします?僕のとこでよければ、なんとかなるまで置いておきますけど」

「うーん、そんなこと言って私の身体が目当てなんでしょう?」
はいはい。無機物風情が戯けたことを。
「僕、クマ科に興味ないんで。どうします?外に出たいなら、手は貸しますけど」
首根っこをひょいと持ち上げて、部屋の窓の前まで歩く。日もすっかり暮れ外は真っ暗だ。
「やー、冗談だからー。おんもはやめてー。ひとりになるとこわいのー」
「初めからそう言ってください」
取りあえず、話がしやすいように、リモコンにタオルをかぶせた即席のソファを机上に用意する。
「あ、どもども」
「で、本当にどうします?これ類の事情に詳しそうな人の心当たりはあるんですが」
今日出会ったばかりだけど。
「じゃあ、ごめん。泊めてください」
「分かりました」
人智を超えた不思議も普通に受け入れてるのは、慣れたからじゃない、動揺で麻痺しちゃったからだ。
取りあえず、彼女には部屋の片づけを少しだけ手伝ってもらいながら、何か思い出せるように会話を交わした。その過程で彼女の呼び名は「フラン」に決定した。
部屋を片付け、夕食は近くのコンビニで仕入れた。その途中、マリに出会って学校の感想を聞かれたが、とりあえず当たり障りのないことを言っておいた。
色んなことがあったせいか、夕食後はすぐに睡魔が来訪し、ベッドの一部を彼女に明け渡した僕は、多分悪夢を見そうだという予感と共に眠りの底に落ちた。

そして翌朝、案の定触手を持ったクマのぬいぐるみに蹂躙される悪夢を見た僕は、頭痛と共に起床。昨日のうちにアイロンをかけた新品の制服が、窓から零れる朝日に透けて、キラキラと光を放つ。きらきら……きらきら……
「やばい、また寝そうだった」
規則的な動きのものを見つめると五秒で意識が落ちそうになる。初登校の日から遅刻するのは問題なので、窓を開け、外気と光によって意識を覚醒することにする。
「すーはー、すーはー、すーははー」
深呼吸する。
「うわぁい、なまぐさーい……」
この地の空気が淀んでいることを忘れ、朝一番からテンションの下がる自分であった。
口直しに朝食食べ終えた頃、ちょうど、マリが部屋をノックした。まだ皴もほとんどない制服に袖を通すと、何だか引き締まった気持ちになる。フランの小物袋に入れ、そっとかばんに詰めると、僕は部屋の外で待つ妹と合流し、学校へ向かった。
「おはよ」
「愚兄、ちょっと遅いー」
フランのことを二郷先輩にメールした分、マリを待たせてしまったようだ。
「妹は黙って兄についてくるものだろ?」
「それは良い兄の場合、愚兄は別」
「へいへい」
他愛もない話をしながら、通学路を歩く。連絡事項があるそうなので、早めに向かったせいか、今日も人影は少ない。朝練の部活動生の声が昨日の学校をフラッシュバックさせる。怪異、静海十一なんちゃら、二郷先輩にサフィちゃん。何というか、頭に浮かぶ全てが非現実的だだ。とは言っても、二郷先輩のアドレスへのメールは無事届いたようなので、夢を見ていたというわけでもないのだろう。
「どしたの、お兄ちゃん?」
珍しくマジメな色を帯びた心配の言葉。愚兄と呼んでないのがその証拠。
ボーっとしただけで心配されるとは、兄失格かもしれないな。
「いや、部活とかどうしよっかなーって」
頭の中に静海なんちゃら研究会があったせいか、誤魔化しは中途半端な方向性になった。
「まぁ、文化系ってガラでも体育会系ってワケでもないしねー。帰宅部でいいんじゃない?」「散歩好きだし、本当に帰宅を活動にするのもアリかもね」
そんな風に話を逸らしながら、職員室へ。
職員室で互いの担任から自己紹介を受ける。僕とマリは年子で学年は同じだが、クラスは違う。
「僕が2-A担任の天道圭介です。君が困ったときに頼れるような先生として頑張ろうと思う。よろしくね」
僕の転入するクラスの担任教師は身長が結構高い。筋肉質ではなさそうだけど、威圧感は結構ある。
「はい。今日からお世話になります栗生明人です。こちらこそよろしくお願いします」
一通り挨拶も終わると、お喋りがてら学校の特徴なんかについて話を受けた。学食の食券は早売りがあって人気商品はすぐ売り切れるから、日替わり定食は特に早めに買った方がいいとか、体育会系の部活動は基本的に弱小なので遊び気分で入れるとこも多いとか。
「かくいう僕もこの学校のバスケ部だった頃は友達とフリースロー合戦ばかりしててね」
話してみると結構砕けた人のようだ。
しばらく会話をしていると、廊下にも人の姿が増えていく。そろそろ、朝のHRも近づいているようだ。
「それじゃ、行こうか明人君。自己紹介の台詞は考えた?」
「あ……」
やば、何も考えてなかったなー。
「まぁ、当たって砕けろでいこうかと」
「ほう……意外と豪胆だね」
少し生き方が投げやりになってるだけかもしれないけど。
自分のクラスに到着。先に天道先生が教室に入り、その後、先生の呼びかけを受けて入室。自己紹介に関しては省略する。詳しい内容は、あだ名が「ミント」になったことから察していただきたい。
クラスメイトには概ね快く受け入れられたようで、温かい拍手と共に席に着く。廊下側の席で、隣に座るのは物静かな印象の男子だ。
「今日、明人君は教科書がないから、隣の京(けい)君は彼に教科書を見せてやってくれ」
「はい」
京君と呼ばれた男子は、僕の方を見て軽く会釈する。僕も挨拶しておく。
「ありがとう。よろしく」
その後、授業が始まる度に机と机でキスすることとなった。
「京君って、部活動何かやってるの」
「いや、特に……明人君は何かやるのか?」
「うーん、一応、何かやろうかなと思ってる。あと、呼び捨てでいいよ」
「じゃ、俺も呼び捨てでいいかな。何か男同士の君付けは気持ち悪いしな」
「だねー。よろしく、京」
「よろしく、明人」
言ってみたが、ちょっと気恥ずかしい。けれども、友達が出来た実感が湧いて素直に嬉しい。京もあまりリアクションの大きいタイプではないが、会話自体は楽しんでいるようだ。
授業中、二郷先輩から、フランについて送ったメールの返事が来た。内容は「昼休み屋上に集合」といった簡潔なもの。マジメに授業受けましょうよと思いつつ、返信。
三時限の授業の前、ぼぉーっとしてると、マリが教室にやってきた。
「愚兄、食券買いに行くわよ!」
「やですよ」
「何故にっ!?私の傀儡として獅子奮迅八面六臂の活躍で二人分の食券を買うんでしょ!?」
「いや、そんな約束してないし、昼休みは用があるから学食に行かない予定」
そう冷たく言い放つと、マリは一瞬の無言ののち、ちょっと泣きそうな顔で僕に告げる。
「私に一人で飯を食べろと?」
「友達出来なかったのかよ!」
マリの対人スキルは昔から難があったものの、こうやって普通の学校に入るとその問題点が顕著に現れるものだな……。
「もういい。冷たい愚兄に興味ないし、昼ご飯一人で食う……暗い友達が出来たら一緒に貴様を呪ってやる」
「じゃあ、俺はそれを祝ってやろう」
マリは肩を落として食堂に向かっていった。
「もう休み時間終わるけど、お前の妹、大丈夫なのか」
京が心配そうに声をかける。
「脳みそのつくりとか色々大丈夫じゃないから、もう逆に大丈夫だと思う」
「ふむ。そうか。でも、可愛いな。お前の妹」
初対面の人間に心配され世辞を言われるのも哀しいものだな。マイシスター。
「お兄ちゃんは泣いてしまいそうです」
心配する声は、廊下の奥へと消えて行く、彼女のさびしい背中に届くこともなかった。

そして昼休み、チャイムが鳴り響き、号令を終え、堰が切られたように動き出す人の流れ。僕は一人、フランを入れた小物入れを手にして、流れから逸れたように屋上へ向かう。十二段の階段の上には、昨日と同じようにみかんのダンボールが平和そうに置かれている。開いた扉から飛び込む日差しに目を細めながら、現実と非現実との境を感じる、あの屋上へ。
「意外と早く来たわね」
早速出迎える二郷先輩。何だか知らないけど楽しそうだ。
「制服似合ってるわねー」
「ど~もです。あれサフィさんは?」
「今日は用事があるみたいで、夕方からの登場になるわ」
「んで、件のぬいぐるみとやらはこれ?」
小物袋から、フランを取り出す。
「くび……首掴まないで、死ぬ」
フランから断末魔の声。
「あーごめん」
首から手を離し、フランを二郷先輩に手渡す。死ねば元に戻ったりしないだろうかと考えたが、責任は取れないのでやめておいた。
「ふーん……」
「ちょ、二郷先輩、首、首!」
さっきの僕と同じようにフランの首を掴んでる。彼女の身体が自殺者みたいにぷらーんってなってるよ!
「あぁ、一回死ねば元に戻んないかなーと思っただけ」
「奇遇ですね、僕も同じ意見です」
さすがに、二郷先輩は理性のブレーキをかけなかったが。
「けほっけほ、二人して怖いこと言わないでもらえるかな……?」
ようやくして絞首地獄から開放されたフランが、二郷先輩の手の上で怯える。
「それはともかく、この人がこの町の不思議現象に詳しいらしい二郷梓先輩です」
「ふはは、先程は失礼したな。私は二郷梓、月河市立静海学園三年生、そして月河十一大魔霊封印式解明研究会の会長を務めている」
「これはこれはご丁寧に……」
社会人の名刺交換を思わす光景。
「いや二郷先輩、何で今更キャラ作ってるんですか」
何か、前より胡散臭いんですが。もう十万年生きてる、あの有名な相撲評論家みたいな。
「このキャラ、自分に合ってる気がするのよ……なんかこう内なる高貴な魂が呼び起こされる感じ?」
「はいはい、じゃあ本題に移りましょうか」
「ミントきゅん冷たい……」
何となくこの人の扱い方が判ってきた気がする。
フランが把握してるだけの事情を話すと、二郷先輩は少し考え込み、間を置いてから口を開く。
「ん……これは、プラズマね」
「真っ向からオカルトを否定!? それはそれで現実見てない意見に聞こえるんですけど!」
「ま、それは冗談として。付喪神では無いみたいだし、生霊が人形(ヒトガタ)を依り代として憑依した例の一つと言えそうね」
「ヒトガタ、ですか……」
どう見ても熊形に見えるけれど。
「そもそも人形の造形もそのぬいぐるみのようなレベルだし」
「それで、私はどうしたら元に戻れるのでしょう?」
「せめてこうなった経緯が分かれば、とは思うのだけど、現状では何も力になれないわ……ごめんなさいね」
「ですかー……いや、ありがとうございます」
肩を落とすフラン。何か力になれないかと自分も知恵を絞る。
「そうだ! 先輩、お祓いとかはどうでしょう!?」
「除霊ね。その方法だと、霊魂が彷徨ってしまう場合やそのまま成仏しちゃう可能性があるから避けた方が無難ね」
「なかなか、難しいですね」
「八方塞、ですか……」
「そうね、彼のぬいぐるみに取り憑いた付いたのには何か理由があるはずだから、ミント君と行動を共にしてれば何か分かることがあるかも知れないわ」
いや、妹のぬいぐるみなんだけどね。これ。
「取りあえず、考古学的に考えて、君らの状態は王と王墓に納められた供物の関係みたいなもんだから、いつも一緒にいればいいんじゃないかな!?」
「なるほどなるほどー」
納得するなよ、フラン女史。
「ちょっと待てい!考古学に精通してる僕にそんな出鱈目は通用しない!」
そもそも、ぬいぐるみは俺のじゃない!
「ほっほっほ!残念ながら、エーテル宇宙論に精通する私に常識なんて通用しないわね!」
「ぐっ……何か、負けた気がする」
どうみても無茶苦茶なこと言われてんのに。
「取りあえず、外に出歩くときはフランも連れて行くことにします」
今日連れて来た印象では、大人しくしてくれるみたいだし。
「しばらくは、それでいいんじゃないかな。さて、話も終わったことだし、一緒に昼食でもしますかね」
「あー、ちょっと妹が気になるんで、自分は学食に行きます」
「あら?妹がいたのねー」
「実は、このぬいぐるみも妹のなんです。引越しのとき、自分の方の荷物に紛れ込んじゃったみたいですけど」
「ちょっと、それを早く言いなさい。フランの方に覚えが無くても、彼女の方にこうなった記憶の一部があるかも知れないでしょ?」
「なるほどー」
「なるほどー、じゃない。さっさとその妹に会いに行くわよ」
あー、どうなんだろうなぁ。妹と二郷先輩は相性悪い気がするんだけど。
「妹はオカルト苦手っぽいんで、会わない方がいいんじゃないかなーと思うんですが……」
「なにぃ、オカルトを食わず嫌いだとぅ……許せんね。黒い興味が湧いてきたよ、私は」
「黒いって何!?」
「はい、行くよ!」
二郷先輩は僕の手を掴んで、ずんずん進む。
「ちょ……また、首……」
ちょっとテンション上がってるのか、先輩はまたフランの首を掴んでる。
「先立つ、不幸を……御許し下さい……がくり」
「フランが死んだー!!」
しかもそれ自殺のときに言う台詞!
「大丈夫、頚動脈締めて意識飛ばしただけよ」
「わざと!?」
「オカルト苦手な子なら、その方が都合いいでしょ?」
「え、まぁ……まぁ」
「ふっふっふ……オカルトの素晴らしさ、思い知らせてくれるわ……」
悪の総帥のように笑う先輩と共に、僕は釈然としない気持ちを抱えながら、一路、学食へと向かうのだった。
「絶対、八つ当たりでやったよな……(ぼそり)」
「何か言いまして?」
ぎろりとこちらを睨む。暗い美人タイプの先輩の顔でその表情やられると怖いですって。
「イエ、ナンデモナイデス」
逆らえぬものが、また一つ増えた瞬間であった。

さて、学食へ。昼休みが始まってからある程度時間が経ったせいか、食堂内は混雑のピークを越えた様子である。
「あんまり、人と繋がらないタイプだから、端っこ辺りかな……」
と、窓際辺りの席に目を向けると……いた。席の端っこに座って、麺類らしきものを食ってる。周囲にまるで人の姿が無い。
「自販機の前で麺類食ってるやつが、うちの妹のマリです」
「よし、行こう!」
ものっそい気が乗らぬ僕をよそに、早足の先輩。何がそんなに彼女を駆り立てるのか。もう何か関わりたくないので、離れたとこから彼女達の様子を静観することにした。
「やぁやぁ我こそは、月河市立静海学園三年生、二郷梓なるぞよ!」
うわ、そんな名乗り文句する人初めて見たわ。
「そうですか。じゃあ、私、帰りますんで」
マリ冷たい。
「ちょっと待って~。今なら話を聞いてアンケートに答えるだけで素敵なハワイ旅行が当たったりするからぁ!」
何そのあやしい引き止め方!そして何でそんなに下から!?
「ハワイ旅行!?」
マリ、それに乗っかるの!?
「さて、マリ君……君に一つ答えて欲しい事がある……幽霊とかお化けとか、そういったものは苦手かね?」
えー、この流れでいきなり本題に切り込んだ。うわー、先輩勇気あるな。
「いや、あなた、何で私の名前知ってんの?」
あ……ちょっと険悪になりそうな雰囲気。そろそろ僕が出て行こう。柱の陰から躍り出てマリの席に向かう。
「やぁやぁ、我こそは……」
やばい、先輩の名乗り方が感染った。
「何か用ですかねクソ兄貴」
どうやら、僕が出て来ることで、もっと険悪になったようです。朝の件で随分と嫌われたらしい。
「いやね、この人なんだけど、オカルトに詳しい人でさ、このぬいぐるみが動き出して怖かったところを、相談に乗ってもらったんだ」
出来るだけ怪しい感じ出さないように話してるつもりなのに、とっても怪しい。オカルトって言葉は様々な意味で魔力だな。
「これ私のぬいぐるみじゃん……愚兄の荷物にまぎれてたんだね」
「そのことを話したら、お前に一度会ってみたいとの話で紹介したんだ」
「なるほど……すみません、先輩なのに少し失礼しました」
「それは別に気にしなくていいよ。ところで、このぬいぐるみが動いた件に関わることは思い出せないかな?」
二郷先輩がまじめに話し始めると、少しの間、マリがフリーズする。
「……え゛? 何すかそれ。動いたって何? え、ぬいぐるみが動いたの? いやいや有り得ないですしそういうの私苦手だって言ってるじゃない。あ、わかった。分かったわ! みんな私を怖がらせようとドッキリしてるわけね。はっはーん、その手は食わねど高楊枝よ!」
混乱する妹気味。見てて面白いくらい目がくるくる動く。200M目泳ぎというオリンピック競技があれば、金メダル確実の泳ぎっぷりである。
「まぁ、この通りですよ……」
「この子、偏見あるとかどうとかの話以前にガチで苦手なのね……ミント君があんまり積極的じゃない理由が分かったわ……」
「取りあえず、マリも特に情報は持ってないようですね」
「じゃ、ご協力ありがと。ハワイ旅行は無理だけど、何か今度カフェでケーキでもおごるからさ」
「ケーキ!? 行きます。行きますとも!」
現金な妹でお兄ちゃんホント安心……
マリに挨拶すると、足早に去ってゆく二郷先輩。
「とにかく、あのぬいぐるみ、愚兄にあげるわ。しかし、美人ねー先輩。化粧も上手だし。最初は誤解してたけど、良い人みたいね」
ケーキの魔力がオカルトの持つ言葉の魔力を超えた瞬間である。
「仲良くしてくれよ。じゃ、また」
厄介払いも今日の朝の冷たい態度の償いと受け入れることにする。
とにかく去っていった先輩を追う。もう学食は出たんだろうか、取りあえず学食の外を見回るが既に彼女の姿はない。
「あれ、どこに行ったんだろう……?」
一旦屋上に向かう……が、いない。
「取りあえず学食に戻るか……」
まだマリがいるかもしれないしな、と学食に入ったら、マリの隣でカレーを食べてる先輩がいた。
「おかえりー」
二人に出迎えられる。さっきとは打って変わって和やかな雰囲気だ。
「あれ、先輩どこ行ってたんですか?」
「食券買ってたのよ。休み時間残り少なかったし」
「で、マリは何で先輩と仲良くしてんの?」
さっきは微妙にムード悪かったのに。
「愚兄が仲良くしろって言ったじゃん。それはともかく、あずさセンパイと化粧の話とかで盛り上がっちゃってさー」
なるほど。化粧ってこれまた魔性のものだから、詳しいだろうし。
「ところでミント君は昼ごはん良いの?」
「ほえ?」
「予鈴まであと五分しかないよ?」
時計を見る。針は無常な方角を指していた。
「放課後にパン買って食べることにします……」
「あ、そうだ。二人とも放課後集まるんでしょ?私も行っていいかな?」
マリが提案する。
「「やめとけ」」
ステレオで警告を加える月河十一魔霊封印式解明研究会の面々なのであった。

二話終 つづくよ。

Mar 10, 2009 1:16pm

ZEVEN E-LEVEN 第一話『Magi』

*Intro:『Zeven Elf Leven』
流れる星はありません。
藍色深く浮かべた星が隣へと囁く音もまた、ありません。
夜空の底へ広げて敷いた絨毯は、透徹させた闇、研ぎ澄まされた静寂を、星の光で編み込んで、初秋の夜景を彩ります。
その光景を遠く離れた神社の脇で見つめ佇む大きな影は、街を見守る御神木、原形界と繋がりし、たった一つの出入り口―――『生命の樹』
風に揺れては喜び跳ねる、枝の別れたその端々に、揺れ動いては浮かんで消える命の鼓動があるのです。

風が止まったある一瞬。
その時神は沈黙を千々切り裂いて、此の地へ向かい十閃の矢を放ちます。
闇を貫く十の鏃は此の地を封じるセフィラの輝き。

王冠なりし『ケテル』は、ダイアモンドの澄み切った輝きを。
知恵なりし『コクマー』は、ターコイズの鮮やかな青色を。
理解なりし『ビナー』は、パールの淡き色彩を。
慈悲なりし『ケセド』は、サファイアの深き青色を。
峻厳なりし『ゲブラー』は、ルビーの燃える赤色を。
美なりし『ティファレト』は、黄昏の金色を。
勝利なりし『ネツァク』は、エメラルドの静かな緑を。
栄光なりし『ホド』は、朝焼けの橙を。
基礎なりし『イェソド』は、高貴な菫の光を。
王国なりし『マルクト』は、クリスタルの神秘的な輝きを―――放ち。

光の鏃の刺さりし処に、針で刺すより小さな窩が生まれます。
分かれた鏃の穿った窩は、ただその一つだけ、地に隠されて。

窩はELF〈十一〉の聖地の証。
ZEVEN〈七〉の不思議を影踏み纏い、時計の盤を模すTWAALF〈十二〉の地を穿つ。

それは此の地に産み落とされし、LEVEN〈生命〉の―――叡智についての物語。

『ZEVEN E-LEVEN』序項より抜粋。


*1A:『Magi』
ヒーローになりたい、なんて思うことがある。しかも、僕は過去形じゃなく、現在進行系でそいつを患ってしまっているらしい。
有名なミュージシャンが歌っていたみたいにさ、僕の思うヒーローは、自分の命を引き換えにして世界を救うただ一人でなくていいんだ。誰か一人だけでいい、大事な人の幸せを命をかけて守ってみせるような、そんな、普通だけどすごくかっこいいヒーローに、僕はなりたい。
海馬の棚の片隅から不意にフラッシュバックするのは、ある女の子を守るためにガキ大将と喧嘩して、コテンパンに伸された記憶。今思い出しても恥ずかしい話だ。その後、彼女に会うことはなかったけれど、彼女の目に僕はかっこよく映ることが出来ただろうか?
いや、分かってる。あの時の僕はあまりに弱く、あまりにかっこ悪かった。それを知ってるから、この事を記憶の隅っこに隠してしまったんだろう。そんなことを考えながら記憶の揺籃はゆらゆらがたり。ガタガタガタタ、激しく揺れて。
不快な上下動に、眠っていた意識が覚醒する。夢の中で、何か思い出していたような気がするけど、その記憶は夢と一緒に洗い流され、今は妙に頭がスッキリしている。起き抜けなせいか瞳のピントはほんの少しだけぼけていた。
寝惚け眼もさながらに、小さく目蓋を開いた窓から、冴えた風が流れてくる。僕と妹を後部座席に乗せて、叔父さんの運転する古ぼけた軽自動車は、足回りの貧弱さをさらしながら列車のようにガタゴト進む。
「ねぇ愚兄、私たちが引っ越すとこってどんな場所なの?」
妹のマリは偉そうに、助手席のリクライニングを下げ、輪を架けて偉そうな口調で後部座席の僕に問う。
「ほとんど行ったことない僕が、知るわけないだろ。紅哉おじさんに聞いてくれよ」
まだ僕の脳の起動は万全でなく、何よりこんなガタガタした道じゃ、舌を噛みそうで口を開く気になりゃしない。
「魑魅魍魎跳梁跋扈の静海(しずみ)の地には、戌一つ刻より百鬼夜行の歩み来たりて、子一つ刻より踊りて狂う」
紅哉おじさんが朗々と言葉を紡ぐ。
「何です? それ」
「よく聞いてくれたね、ミントくん。これは月河市静海町に昔から伝わる唄なのだよ」
趣味の領域の話なのだろう。楽しそうに話してくれる。
「へー、そうなんだ。あと、僕の名前はミントじゃなく明るい人でアキヒトですから」
「えー、栗生ミントって、クールミントっぽくって素敵じゃないか。何かこの眠気も吹き飛びそうだし」
「あたしはヤですからね。ミントなんて恥ずかしい名前の兄とか持ったら、恥が致死量に達して恥死します」
「いやいや、そんなことより、紅哉おじさんは居眠り運転に注意しようよ!」
「じゃ、眠気覚ましにさっきの唄と絡めて、静海町の特徴をこの栗生紅哉おじちゃまが語って進ぜよう」
「わーぱちぱちぱち」
「この街は……まぁ、今でこそ多くのマンションやビルも建って、ランドマークも建設されるような現代的な街になったけど、昔は戦場になった漁師町の田舎でね」
「こんな舗装されてないガタガタ道で、よく近代的などと宣えますね」
僕の穢れ無き臀部も、終わることの無い上下動による陵辱に悲鳴を上げている。
「でも、十数年前までここも単なる獣道で、車が通ることも出来なかったんだよ。それ考えたら、近代化したなーって思わない?」
「比較対象が悪いよー。紅おじちゃん」
マリも苦言を漏らす。意見、殊に不満なことに関して僕ら兄妹の考えは良くシンクロするもので、それがまた鬱陶しく感じてしまうのは、同属嫌悪ってやつかもしれない。
「まぁ、その話は一旦置いといて、月河市ってのは割と曰くのある土地でね。妖怪だの怪異だの、古くからの伝承が多いんだ」
「うわー……そういうの、あたし苦手だよぉ」
「でねっでねっ、最近とかも実際に静海高校の近くで口裂け女とか出たって話もあってさっ」
良い匂いの人を見つけた犬さながら、鼻息荒く語る紅哉おじさん。
「げ、それ僕らが通う学校じゃないか」
新たな学校へ向けてのやる気が、束の間のオアシスのように枯渇してゆくのを感じる。
「こないだはそれで、怪我人も出たってさ! っくー、オカルト好きの血が疼く!」
ハンドルから手を離し、感慨深げに目を閉じる紅哉叔父さん。
「ねぇ、怪我人まで出てるのに国家権力は動かないの! ねぇ!」
「それより紅哉おじちゃん、ちゃんと前見て運転してよ!」
ここで僕らが死んで化けて出もしちゃ、笑い話にしかならないよ。
とまぁ、そんな感じで狂騒も過ぎ……愚かな僕ら一行を乗せたガタピシビークルは未舗装の道を抜け、潮の香りが鼻先へと届く、街を見下ろす高台にたどり着いたのだった。
「わー……空気おいしくなぁい」
「うん……生臭いね」
魚を洗った汁を数日置いたような妙に温度ある臭いが、潮風を期待し大きく開いた窓をめがけて飛び込んでくる。僕ら兄妹は揃って、この場にいる唯一の地元民へと冷たい言葉の槍を投げる。
「そ、そんなことより景色見よう!ね!」
紅哉おじさんに勧められ、外に目をやる。
「わー……歪な街ぃ」
時間の大河に取り残されたように点在する田舎っぽい土地たち、そして地図にダーツの矢を落としたみたく不規則に立てられた建造物達の群れ。
どれをとっても―――
「「うん……なんか再開発失敗だね」」
そのとき、栗生兄妹のシンクロ率は400%に達したとかどうとか。
「何か、褒めてよ……一応、地元民として切ないよ」
項垂れる紅哉おじさん。叔父さんとは言ってもまだ二十代後半である彼の姿はいつもより大きく老け込んで見えた。
「ま、まぁでも、海辺の方はロマンチックに見えるよね!ねぇマリ!」
「そうね!」
「あの、海沿いに建てられた複雑に入り組んだ幾何学模様の大きな商業施設もデザイナーの自己満足が感じられて超かっこいいよね!」
「そうね!」
「あの……その施設、もう潰れてる、から」
どよーん。という擬音がどこからか届いた気がした。
いけない。これ以上叔父さんが老け込んでエア加齢臭を放ってしまう前に、話の流れを変えなくちゃいけない!
「あ、そうだ。紅おじちゃん通ってたって話だけど、静海高校ってどんな場所なの?」
「ん? まぁ、この辺ではそれなりに進学校だし、割と平和な場所なんじゃないかなー。土地柄か知んないけど、海関連の部活とかオカルト系の同好会とかは多かったね」
「ふーん。そうなんだ。ちょっと安心したや」
「田舎だったらヤンキーとかも多いって認識だったしね」
「いやいや、君らが住んでたとこよりは都会でしょ。前は結構な山奥だったじゃないの」
「「すいません……テンション上がってて忘れてました」」
そうなのです。僕らが過去に住んでたのは、考古学者である両親の仕事都合上、結構な山奥に建てられた分校でした。しかも、生徒が僕ら兄妹のみで教師は僕らの母親が代役してたという即席ぶりが観衆の涙を誘う。
それが今回、引っ越すことになったのは、両親の海外出張が決まり、寮のある学校にでも入れないと大変だろうという配慮だそうだ。
「噂をすれば影、ってわけじゃないけど、そろそろ静海高校に到着するぞー」
「おー」
マリと僕は二人して車の窓から少し乗り出して、外の景色を見ようとする。なまぐさい風を受けてなびく前髪が鬱陶しい。
「あ、逆方向な」
ぴっ、と紅哉おじさんは妙に切れのよい仕草で運転席側を指す。
見えてきた、見えてきた。
白くて……大きくて……装飾的で? ……どこか間違ったバロック建築を思わせる? ……きらびやかな極彩色の看板には「HOTEL☆レインボーナイト」の文字? ……っておい。
「おじさん、これ御休憩とかある大人のホテルやないか!」
「めーんご。記憶が曖昧なんよ。てへ」
危険な香りを漂わす異形の建築物を通過し、またしばらくガタゴト。
「今度こそ、本物の私立静海高校だよ!」
さて、黄金色も鮮やかな街路樹である銀杏のこぬれの隙間から、徐々に白の城壁が現れる。少し古ぼけてはいるものの、通常の学校建築と一線を画した西洋風のその貌は端麗で、王の居城を思わせる威厳を以て僕らを中に取り込んでしまうような、そんなファーストインプレッション。
「どうする? 今向かってる寮もすぐ近くだけど、学校寄ってく?」
「うーん、あたしは寮で荷物片したいから、パス」
「僕は……寄ってってもいいかな?」
「よし、じゃあ片付けは俺に任せとくといいよ!」
「「いや、学生以外は入れないから」」
二人同時にツッコミを入れる。シンクロ率の高さか、実にスムーズ。
紅哉おじさんの軽は、利きの悪そうな軋んだブレーキ音を鳴らし、路肩に停車する。僕は、乙女心のようにぐらぐら揺れ、思春期の心のように不安定な後部座席のドアを開け降車する。
「紅哉おじさん、送ってくれてありがとうございました」
軽く頭を下げる。何だかんだで数100kmのドライブ。ホントにお疲れ様と言う他ない。
「いや、気にしないでよ。君らの両親、って言うか兄さん夫婦には俺自身がかなり世話になったしね」
「では、行って来ますー」
「バイバイ愚兄。また後でね」
「ま、電話してくれたらいつでも協力するし、暇だったら僕の家に遊びに来てもいいから」
「どうもー」
二人に手を振る。少しずつ頼りない車の姿は遠ざかってゆき、坂の天辺で、夕日のように向こう側へと姿を消した。
正門の前に立つ、すると言葉に出来ない感慨のようなものが僕の中に降りてくる。城門の前に立つ兵の心境という奴だろうか、高鳴る心音が胸に届くが不快と思えないのは気分の昂揚も含んでいるせいなのだろう。
不意に、少し離れたグラウンドの方から間延びした野球部の掛け声が響いて、少しだけ膝下を重くしていた妙な力が抜けた。そして僕は城塞学園の内部へ向けて歩き出す……なんつって。
事務室で軽い手続きを済ませ、いよいよ校内の見学の始まり。少しいかめしさを感じる外観と同様に、校舎内は少し時代の流れを感じさせる。コンクリートで作られた箇所もあれば木造の部分も見受けられ、しかしながら根を張ったように馴染んでいる。窓からは複雑な色彩を見せる夕日が差し込み始め、僕は伸びた影を踏み歩きながら、リノリウムの廊下を気のままに進む。
しかし、放課後もいくらか時間が経っているのか、人の気配が思った以上に希薄で見学するのに助かる。自分の足音がコツリカツリ、様々に反響しては胸に孤独を呼び起こす。窓の外からは部活動生の声だろうか、遠く、言葉の形にならない叫びのようなものが聞こえている。視界の端で何かが動いた気がして振り返るのは、人恋しさみたいなものを感じているせいかもしれないな。
そのとき身体の芯とも言うべき場所に天啓のような稲妻が走った―――とは言ってみたが、単にお手洗いに向かいたくなっただけです。
さて、華麗に過程を省略すると、手を拭きながら男子トイレを去る、その瞬間のこと、僕はあまりに自然であまりに異質な光景を、僕は目にすることとなった。
「ふいー。屋上に戻らなくちゃ……です」
女子トイレから出てくる一人の小柄な少女の姿。いや、それは良いとしよう。問題はその装いだ。
別世界では定番なのよと言わんばかりの、魔女を思わす黒いローブを纏い、裏地が真っ赤のこれまた黒いマントを羽織りつつ、黒いファリャ(有名なバレエ音楽の一つに『三角帽子』というタイトルの作品があるが、その作曲者が『ファリャ』であるため、三角帽子をファリャと呼んでいたが、そもそも三角帽子とウィッチハットは見た目に於いても全く別物であり、以前とっても恥ずかしい思いをした黒歴史については、不意に口を滑らしたこの件を持って封印をさせて頂く)を目深にかぶり、長めの赤みがかった髪が夕日の反射で燃え揺れるキャンドルのように動きを見せる。広いつばに隠されてその顔や表情は読み取ることも出来ないものの、不審者クラスの出で立ちにも関わらず、彼女の動作は実に堂々としているように見える。取りあえず、僕の動揺した頭に浮かんだのは「変態だ」の一言だけだ。
「さて、東洋の魔女サフィ・シアバードのお時間なの、です」
そう呟くと、彼女は階段のある方へと歩き始めた。その三歩目で見事につまづきながら。
「うー……やっぱり、このローブ長いよぅ」
ローブの裾を引っ張りながら、不満を漏らす。見方によっては少し成年向けの構図であるが、中には制服を着ており特に問題は無いようだ。ローブについた埃をはたき、「よしっ」と一言。そして再度歩き出す。
うわぁ、しかしこれが噂の変な人って奴なんだろうか。やっぱ都会って怖いなぁ、いや、まぁ以前住んでたとこよりは都会って程度の場所だけど。何というか目が離せなくなった僕は、彼女の動向をこっそり見守ることにした。この行為が法令番号平成12年法律第81号に抵触するのではなかろうかという脳内警告については、若さを言い訳に封殺した。反復してなきゃ大丈夫……だよね?
彼女はやはり堂々と階段を上っていく。あ、他の学生だ。しかし、彼女に気付かない様子で通り過ぎた。その一方で僕には怪訝な視線が飛ばされたが、パスのような見学許可証を見せると「転入される方ですか?」と親切に校内施設の大まかな位置を紹介してくれた。
礼を告げて去ると、先ほどの黒い彼女の姿は見えなくなっていたけど、屋上に向かうみたいなことを言っていたので、このまま階段を上ればすぐに追いつくだろう。
一瞬踊り場にある鏡に映った自分が自分で無いような気がして、ビクついた。他人からすれば、自分も相当に不審者に映りそうだ。いやはや。
そんなこんなで、屋上に上がる階段の前までたどり着く。上方から鉄製のドアの閉まる大きな音が跳ね返って僕の耳まで届く。どうやら、彼女は屋上に出たところのようだ。階段の天辺にみかん箱みたいなのが置かれているが、取りあえず無視して自分も屋上に出る。怪しまれぬよう、迷い込んだ振りでな!
ガターン!
勢いよく扉を開け、高らかに告げる。
「あぁ、どこだここ! 転入する学校を見学しにきたら、思わず迷い込んでしまったよ!」
腹から声を出したはいいが、誰の耳にも届いていない。というか……誰も、いない?あれ?夕焼けの屋上は地表から四角く切り取られた聖域のように現実世界を浮ついたようで、あれ、さっきの扉の音は何だったのだろう。僕は幽霊を追いかけていたのか? だから生徒は彼女を気にかけなかった? まさか。有り得ない妄想を振り払おうとするが、こんなときに紅哉おじさんの発言が脳裏に蘇る。
「月河市ってのは曰くのある土地でね。妖怪だの怪異だの、古くからの伝承が多いんだ」
もしかしたら、と思ってしまうのだ。そう、異世界の扉へ、僕は足を踏み入れたんじゃないかって、そういう恐れと、期待と、入り混じったまま。僕は、夕景に目を―――
「―――こっちだ、愚者【フール】」
それは突然の声。上空、あるいは頭上、僕を見下し嘲る色を含み、その声は一つの魔術のような形を持って鼓膜を揺らす。
僕は空気の波動を生み出す方向へ、目を向ける。そこには、その背を夕日に照らされる影が二つ。
「盲目の愚者が、漂い歩くままにこの地に迷い込んだか、それとも、私たち興味を惹かれてやってきたかな?」
クスクスと鈴のなる声で笑いながら。しかしそれはやはり嘲り。
見上げた階段室の上、夕日を透かした給水タンクをバックに、誇らしげに立つ二人の少女。片方は先ほど発見した黒衣の少女、その横にいるもう一人が、今、僕と会話している少女のようだ。
言いたいことは両手の指じゃ足りないくらいあるけれど、取りあえず一つだけ。
「……へんたい、さん?」
「変態―――メタモルフォーゼか、面白い表現だ。私たちは幼生から蛹の深窓を抜け出して変態した成体に見えるわけだな」
僕の失言も、意に介さず。いや、理解してないのか?自分には彼女は賢い人間に見えるけど。
遮るものない屋上を吹き巻く風に、彼女は肩の所でばつりと切った艶ある黒髪を抑え、そうすると、逆光で見えなかった彼女の顔が浮かび上がる。その貌は井戸の底の水を思わす澄んだ闇を湛えている。黒曜石の輝きとでも言うのだろうか、切れ上がった冷たい瞳と言い、黒髪と好対照の白磁めかせたペールの肌と言い。強い意志がそこに宿っているように感じてしまう。しかしながら、装いは隣に佇む黒衣の少女とは違い、学校指定と思われるチェックのスカートにセーラー服。少し色調の暗いスカーレットのそれは、夕景に溶け消えそうな儚さを演出する。異質なのは、杖のように身体の前で立てた黒い傘だろうか。
などとつらつら考えられる間を生んだ後、彼女はその湿った口から愉快そうに言葉を零してゆく。
「気に入ったよ、愚者。名前をお聞かせ願えるかな」
「僕は栗生ミント……じゃないや、栗生明人です。明日からこの学校に通うので、校内を見学していたところです」
紅哉おじさんのせいで名前噛んだ。ちくしょう。
「……ッ」
あ、ローブの女の子にも笑われてるっぽい。何か切ない。
「すみませんが、お二人は?」
「……ん、自分から名乗らないのは失礼だったな。謝罪しよう、フール・ミント君」
「いや、フールもミントも名前かすってないんで」
「ふふ、これは失礼。私は二郷梓、月河市立静海学園三年生、そして月河十一大魔霊封印式解明研究会の会長を務めている」
ということは、一つ先輩なのか。迂闊な口は叩けないなぁ。
「あの……私は、さ、サフィ、です。ここの二年生で、梓さんの、お手伝いをしています」
黒衣の少女は先ほど現れたときの堂々とした態度ではなく、おっかなびっくりといった様子で自分を語りはじめた。見上げる形になると分かるが、彼女の容姿は非常に美しい。それは神が定めた黄金比ではなく、アンバランスな美というか。動揺のせいか、細かく揺れる大きな瞳、その中心に座す鳶色の虹彩。目が離せない、そんな強制力がそこにはある気がする。
どれをとっても興味深いけれど、それよりもっと気になることがある。
「あの……静海十なんとかって……なんですか?」
恐る恐る訊ねてみる。自分の予想では、このワードが彼女達のどこか奇怪な雰囲気に繋がっているように思うんだ。
「知りたいかね? 関わったら逃げ出せないかも知れないぞ。君は今、異界と物質界―――つまりはこの世界だな、その二つを隔てる門の前に立っている。君にその門をくぐる覚悟は―――あるか?」
彼女は語る。どこか陶酔したような言葉の群れに戯れながら。僕は思う。そう、彼女は、彼女達こそが―――
「じゃあ、別にいいです」
いわゆる、変人だ。関わるべきでない。俺は背を向けるぞ、徐々に。
「ちょ、ちょっと待ちんさいっ!」
二郷と名乗った先輩は、これまた先ほどの態度と全く違う慌てぶりで、僕を引きとめようとする。
「ほら、あずせんぱぁい、やっぱり大げさだったんですよう。……もっとファニー路線でいくべきなんですって……(ぼそぼそ)」
サフィと名乗った黒衣の少女はなにやら、二郷先輩に声をかけている。何というか、トランプタワーのように丁寧に演出した空気が壊れていくのを感じる。
「何です?」
「いやぁ、何かこう、マジカルでミンキーでキャッチーでナイルなノリでやり直すから、もっかい登場してくれないかなー……なんて。ダメ?」
いつの間にか二郷先輩階段室上から降り、近くまでやってきてる。しかも、そんな上目遣いで見上げられると女性慣れしてない僕は思わず胸がキュンしちゃうんですけどっ。
「おことわる」
精一杯の丁寧語で、再チャレンジの誘いを振り切り、屋上のドアに手をかける。その瞬間、その瞬間なんだ。
「……いくじなし(ぼそり)」
う、ぉい。
言葉を発したのは、びくびくしてたはずの黒衣の少女。
「よし、わかった。先輩方の話を聞いてやろうじゃねーのさ!」
意気地なしと言われちゃ黙ってはいられぬのが男ってもんよ!
「ちょろいわさ」
二郷先輩から、何かムカつく言葉が聞こえた気がするが無視する。
「で、何ですか?そのクソ長い名前のクソ胡散臭いクソ宗教活動めいたクソ研究会は?」
お返しは十倍と相場が決まっている。(無視できていない)
「……むっ。静海十一大魔霊封印式解明研究は、静海学園ひいては静海町や月河市に散らばる怪異の報告を集め、検証、場合によっては封印する非公式の団体のことよ」
何それ?
「いわゆるオカルト研究会ってやつですか?」
「ま、そんなとこね。ネーミング大げさにした方が人集まるかなぁと思ったらこの有様よ!」「……あの、でも、普通のオカ研とは少し、違うのです」
と黒衣の少女。
「え、どこが?」
「私たちは、ほ、本物なんですっ!」
……え?
「本物の変人さんってことですか?」
「ううん。違うよ。ミント君。そうだな……」
二郷さんはゆったりした動作で、その名の通り、胸から取り出した懐中時計を見る。突然、セーラー服に手を突っ込んだので、不覚にも僕は見ててドキドキしてしまった。
「逢う魔が刻―――か」
そう言って、懐中時計を閉じる。カチャリと金属音。それを合図にしたように、給水塔の影から、大きな―――影。
そうこれは影だ。直径三メートルくらいの大きな影。ほの暗い灰色、夕景のオレンジを透かして、影は動く。四角く切り取られた黄昏の世界を動く。動くはずのない灰色の大群は蝟集した軍隊アリのように、同じ軌道を連ねて、オカ研の二人に迫る迫る迫る迫る――――!やばいって、何かこれ変だ!彼女たちは気付いてないのか?全く動きやしないし振り向きもしない。何してんの!速く逃げなきゃ。っておい、クソ!
「何か来てます!みんな、こっち来てッ!」
と慌てて告げる僕をよそに、二人は落ち着き払った様子。
「ふむん……」
とか、何か考え事してるし!! あーもう、クソ! ワケ分かんないけど、動くしかない!
「身体、借ります!!」
形式ばかりに一言告げて、僕は影に一番近い位置にいたサフィちゃんの身体を……持ち上げる! うお、重いけど、軽い。プリンセス抱っこの体勢。けど、彼女は驚きからか特に抵抗はせず、僕の目をその大きな瞳で見つめたまんま目を離さない。あー、何か照れる。ってそんなこと考えてる場合じゃない早く逃げなきゃ! 僕は、階段室のドアノブをひね―――ひね!
ひね、れない。なんで!?なんで!なんでなんでなんで!
手首を何度も何度も捻りながら後ろを振り向く。
「ウぁ―――ッ」
息が漏れる。眼前に迫り来る異形の影。いや、まだ距離はあるはずなのだけど、僕には、今すぐ自分を飲み込む大蛇の口に見えて仕方ない。
逃げろ速く開けなんでクソ!脳内を彩るのは黒のイメージ視死私死司死―――。
そんな影のただ中に二郷さんの姿があった。
「ちょっと、あんた何やってんの速く逃げないとっ!」
僕が掠れ気味のノドでやっとこ声を出すと彼女はニタリと笑う。
「ふむん……じゃ、やりますかね」
何か言ってるし!その間にもやつらは迫ってきてるってのに!
彼女はその場で目を瞑り、言葉の五線譜を描き出した。
「淡い黒、白む影、整列と混迷、気高く強き、蠅の王―――ベルゼブブの使徒よ。我はこの身に宿りし力を以って、永劫回帰の闇に還さん―――」 
奏でるは言葉、柔らかな旋律とも言える祝詞、あるいは呪詛。
言葉を奏で終えた二郷先輩は左手逆手に黒い傘を構えると―――ノーモーションでそのまま一閃!
生まれる衝撃波!肉眼で確認できる黒の波動が傘の先から噴出し、三メートルある蝟集の巨体を貫く。
「封印終了――――」
そして、冷たい瞳のまま彼女が力を込めて傘を開くと、異形の影は散華、いや、粉塵爆発のように細かく爆散し、霧消する。
幻想と怪異の場となった黄昏時の屋上に戻るのは静寂。僕はまるきし口を効くことが出来ず、足は接着剤でも付着したようにその場から動かない。
「ね、カッコいいっしょ。本物の変態【メタモルフォーゼ】」
二郷先輩は平然とカラッとした笑顔で僕に話す。さっきまで起きていたことが嘘のように。そこに立っているのは、日傘を差した一人の女学生だ。
「あ……はい」
僕は打ち負かされたパンチドランカーみたいに、茫然自失でそう応えた。
「で、いつまでサフィちゃんを抱いてるのかね?キミは」
あ、そうだ。すっかり忘れてた。
うっ、改めて実感すると、女性の身体やわらかい……しかもこんなに軽いとか、男に比べたらホントに羽根みたいだ。
「いかんいかん」
ワケわかんない思考を振り払い、僕は彼女を地面に降ろそうとする……が。
「もう……ちょっとだけ、おねがいします」
サフィちゃんは僕の首に腕を巻きつけたまま、僕にそう告げた。
「あ……はい」
赤面しそうなシチュエーションで、彼女の意図も分からないまま、僕をじっと見つめてくる彼女の為、しばし上半身を明け渡した。
「君は、校内を歩くとき不思議とは思わなかった?」
二郷先輩は少しだけ間合いをつめて僕に語りかける。
「えっと、何が、ですか?」
「人のほとんどいない校舎、外から届く妙な声、鏡に映る他者、視界の端に映る影―――」
あぁ、何か記憶がある。
「あと、そう……魑魅魍魎跳梁跋扈の静海(しずみ)の地には、戌一つ刻より百鬼夜行の歩み来たりて、子一つ刻より踊りて狂う。そういう唄があるの。古くから伝わる唄ね」
「ああ、それ今日、聞きました」
おじさんが言ってたあの唄だ。
「この唄を聞いて育つから、この静海で夕方遅くまで残る者は少ないんだ。何故だかは、もう分かるよね?」
「怪異が、起きる、から?」
言った自分もいまいち信じきれていない。けれども―――先ほどの怪異は、夢でない限り、自分が目にした事実だ。
「私と、サフィは協力してこの地で活動する魔霊……さっきの様な怪異の原因となる者たちだな。やつらを鎮める活動をしているの」
サフィちゃんを見る。こんなにか弱そうに見える彼女にも二郷先輩のような力があるのだろうか?
「……ぽっ」
何か、サフィちゃん赤面してるし。あうー。
夕暮れ、黄昏、逢う魔が刻、怪異に塗れた時間の中で、僕の脳みそは疑問符と動揺が渦巻くだけだ。
「で、だ。君に協力してもらいたいんだよ。」
な、何を?
「月河十一大魔霊封印式解明研究会に入らない?」
いや、分かっていたけれど、頷きたくはない。でも、何か断れない空気を感じてしまう。
「おねがい……します」
サフィちゃんにも入会を乞われている。彼女の言葉には言霊でもあるのだろうか、首を振ろう、拒絶の言葉を吐こう、そう思っても行動に変換することが出来ない。
「僕には、あなたみたいな力は有りませんし、逃げようとしたただの臆病者です」
「いいや、ただの臆病者なら、体を張ってサフィを救おうとはしないはずさ。それにね、信じないかもしれないけど、君には能力もと資格もあるんだ。サフィを尾行て、ここまできた、君には」
「げ」
尾行したのバレてる!
「じ、じゃあ、仮入会、でなら」
僕の口から出たのはその言葉。あぁ、もうどうにでもなれ!これじゃ事実上入ると言ったようなもんだ。
僕の言葉を聞くと満足げに彼女達は笑い―――。
「おい、じゃあミント、自販機でジュース買ってこい」
まだ、転入してないはずの学校で、先輩後輩関係を強要されるのであった。
サフィちゃんを降ろして、手に残る少しの名残惜しさを頭の中から振り払い、階段室のドアノブをひねる。
「開く……?」
さっき影が襲ってきたときは、動かなかったのに。
「それが私の能力の一つなの……です」
サフィちゃんが僕の服の裾を引っ張って俯きながらそう告げる。
「え、なんで!? そんなことを」
「そのまぁ、転入生にかっこいいところを見せたかったからさ。その辺は演出ということで、ね?」
バツの悪そうな顔で二郷先輩は真相を告げる。こくりと頷くサフィちゃん。すっかり彼女達の策にはまったわけか……
「オーケー、負けました。仮の文字外していいです。ジュースは適当に買ってきますから」
そう言い捨て僕は屋上を抜け出し、そして少しだけ考える。
胡散臭さ、これはどこまでいっても拭えない。ただなんだろう、小さい頃の憧れた自分に、少し近づけるんじゃないか、そんな予感を抱いていたのかもしれない。
階段脇に見つけた自販機でフルーツジュースを買うと、屋上に戻り、扉をもう一度開く。
開いた扉から飛び込む黄昏の光は、物語の始まりを告げる鐘の音のようだった。

続きます。

Feb 2, 2009 11:11am

中二病棟24時(序盤)

『あるいしのきろく』
人とは愚か者である。
見えないものに、祈りを捧ぐ。
届かぬものに、祈りを捧ぐ。
神に、世界に、あるいは自己に。鎖で繋いだその身を望む。

そして彼らもまた、ひどく愚かな者達だった。
僕がみていた病室の中、カーテンが白い壁へと青い光を転写する、狭く区切ったあの部屋で、彼らは自己の世界へ祈る。
見えぬ世界に、祈りを捧ぐ。
届かぬ空に、祈りを捧ぐ。
やがて彼らは手に入れる。見えぬ届かぬ自己の世界を。
祝う声など、聞こえない。
縛鎖で絡め、鍵かけ閉ざす、それは呪い。
突っ走ってはすっ転んで、掴んだ呪い。
繋がるものは誰もない。
けれども僕は、彼らのことが羨ましかったのだろうと思う。
僕にみる事が出来るのは、彼らの外の世界だけだから。
そう、だから、僕は初めて祈りを捧ぐ。
有り得ぬものに、祈りを捧ぐ。
愛しき愚か者達に、優しき幸せが、降りそそぎますよう―――。

『イントロ』
風邪をひいた。それはもう人生で初めての風邪だ。
気分が悪いとか頭が重いとか思うより、まず「あぁ、馬鹿じゃ無くて良かったなぁ」なんて、根拠ない迷信に思いを馳せたりなんかして。
ともあれ、僕は人生で全く世話にならなかった、大学病院なる施設へ足を向けたのだった。
大学病院目前にあるバス停を降りれば、乾いて尖った北風がひょるるとしたたかに吹きつけ、ダブルクロスに巻いた僕のマフラーの隙間からは、身を締めるような寒気が忍び入る。
寒さに負けぬよう猫背をぴんと伸ばして目線を上げたら、そこには白の怪物が、矮小なものを見下ろすように立っていた。
雄々しく聳える白い壁、ところどころに苔むし色褪せたその姿はどこか古城を思わせて、物語の始まりを僕に期待させたものだけど、口を開けるのが跳ね橋でなく文明の利器であるところの自動ドアということに気付いた頃には、ようやく思い出したように悪寒や頭痛が襲ってきて、少し早足気味で温かい院内に向かうことを望むのだった。
緩い機械音とともに開かれる扉。オープンセサミも必要ない。
受動的に僕を飲み込む白の怪物。それは一寸法師に登場する鬼のようで、そうだな、考えてみればそれほど畏れを抱くことも無い。
―――なんて、初めての病院が恐いからと現実逃避な思考に身を委ねていたものの、美人な受付係員さんを前にしては、そんな幻想めいたシナプス結合が続くわけも無く、いつになく好感度を意識したイケメンフェイスで初診の受付を始める。
フリガナを書いてから、姓名を記すと、受付嬢のおねいさんに意外そうな顔で話しかけられる。
「あら?すずきた、くみさんではないのですね?」
「すずき、たくみですよ」
僕の名は漢字で鈴木巧と書く。
「女の子のような顔立ちだったので、女性かな、と思っちゃいました」
イケメンフェイステクノロジーは効力ゼロだったらしい。残念。
「僕の中身は正真正銘の健全男子なのですよ?」
「あの、気にしてるならごめんなさいね」
「いえ、中性的な格好は意識してやってるんで、お気になさらず」
「そうなんですねぇ」
よく言われるが、僕の容姿は細身で顔立ちも女の子を感じさせるらしい。
マッチョな雰囲気が苦手なので、それが特にコンプレックスと言うこともない。たびたび出会うナンパの類が鬱陶しいと言ったとこだが、それも相手に男であることを納得させれば大した問題ではない。
受付を済ますと、少々座り心地に難のある硬いソファーに腰掛け、体温を測りながら、自分の番が来るまで時間を持て余すこととなった。
「しかし、本当に薬品くさいんだなぁ」
鼻を通るのはアルコールめいた臭いや、あるいはどこかシャバとは違う香りを感じさせるものばかり。
人々の細波めいたざわめきが、空間を埋めるように満ちていて、風邪の諸症状以上にどっかしら気持ち悪い。
景色を俯瞰してみる。人々の群れはまるで、それ自体が生き物であるように蝟集し、一定の指向性を持って流れている。
その緩やかな流れの中、僕はある一点に目を留める。
黒曜石―――脳裏に浮かび上がったのはそんな言葉だ。
看護師に連れられ歩く、小柄な少女。ゴシック、ではないが、黒く装飾的な服を何の違和感なく着こなしている。その貌はと言えば、目立つ服装に増して匠の手による工芸品を思わす美しい造りであり、人の想いも見通すような透徹した黒い瞳、瘴みのないペールブルーがかった美しい肌、カラスの濡れ羽を思わす、長く美しい漆黒の髪、そのどれもが彼女の黒の中にある深い色彩を輝かしく演出する。
しかし、何より僕の目を引くのはどこか妖しげなその表情だろうか。僕より年下に見える彼女の姿で、とても歳相応と思えないその表情は実に蠱惑的だ。トランジスタビューティーとでも表現出来る。僕の目には、彼女が既に完成された存在であるように見えた。
と、彼女はじっと凝視する僕に気付いたのか、一度こちらを振り向いた。
笑顔。
そこには、先ほど見せた妖しさは微塵もない。
何故、彼女は僕に笑顔を見せたのだろう。いや、これは僕の自意識過剰な勘違いなのだろうか。
「………」
彼女の滑り光る薄紅の唇が動く。何かを語るかのよう。僕は目を離せない。
その時、脇に挟んだ体温計からくぐもった電子音。
38度4分という液晶表示。
もう一度、彼女のいた方に目を向ける。しかし、僕の目が届く範囲に彼女の姿を見つけることは出来なくなってしまっている。
さっきのは、風邪の頭が僕に見せた幻想だろうか。日常に迷い込んだ非現実のようなその姿、僕はそれが気になって仕方ない。
とにかく、僕は体温計を先程の受付の方に手渡す。やっぱり結構熱があるみたいだし、ちょっとした幻覚とか見間違いかな、なんて自分を納得させたりして。
さて、ソファーに戻ると僕は、待ち時間があると事前に聞き準備していた哲学書を手に取り、一心不乱に読み耽るという高尚な意思に反して、いつの間にやらそいつを枕にひと時の眠りに就いたのであった。

*
「鈴木巧さーん、どうぞー」
との声に浅い眠りから意識を目覚めさせ、診察室へ。
「失礼しまぁ―――」
「おっは」
破けたデニムパンツに、白衣の中で妖しく光る革のライダースジャケットが小粋な、それはもう見るからに堅気でない医師がそこにいたのでした。
「すいません間違えました」
踵を返して走り出す。ダッシュ―――。
がっし。肩を掴まれる。
「ちょっとお待ちな、病みっこ少年」
「いやぁ、離せー。後生ですからー。やめてよー、変態さーん」
『巧くん、今度は診察室で小暴れ』の巻。
「おじちゃん何にもしないから、何にもしないから!ね。ちょっと落ち着こうか」
「下心透けるような台詞は怖いからやめてー!」
じたばたじたばた。いや、この人マヂで力が強い……に、げ、られ、ない。
「まぁ、本当に落ち着いて、服は基本自由なんだよ」
イマイチ釈然としないけど、とりあえず騒ぐのをやめる。
「うー……いじめる?」
「男には興味ないから」
「安心しました」
一息ついて、僕は円椅子に腰掛けた。
先ほどとは一転、まじめな調子で医師は語りかける。
「鈴木巧くん、だね。私は今日君を担当する、内科医の伊川倫太郎だ。よろしく」
「あ、はい。こちらこそ」
こうして見ると、まだ20代半ばといった顔立ちや、白衣の下を蠢くレザーなビザールファッションも、それなりの威厳を持っているように見える。
「今日は……風邪の諸症状がある、ということだね?」
「はい。寒気と頭痛がひどくて……」
「ふむふむ……」
そこからはスムーズに診察が進んだ。一部、上半身を脱ぐ際などに一悶着あったけれど、無事に診察を終え、僕は少し上気した顔で椅子に座っていた。
「うっうっう……もう、お嫁いけない」
えぇ、嘘です。やっぱり無事じゃありませんでした。
「あはは、でも君、最初からお嫁行けないよねー」
「ああ、そうですよちきしょう!社会的な地位手に入れたら覚えてろよ。利子つけて返してやるもんね!」
「ほっほっほ、医師に勝てる職に就けるよう頑張るがいいさ。一般大衆風情がね」
とっても負け犬感。
「で、だ」
再び神妙な顔つきに戻る倫太郎医師。
「なんです?」
「きみ、入院です」
は?
「あれですか?ウィリアムズ、マクラーレンとフォーミュラマシンのデザイナーとして活躍した―――」
「それ、ニューイな。これ、入院。で、これ書類」
「いやいやいや、単なる風邪でしょう?見ての通り大してひどくもないですし、入院とか……」
「うんうん……」
「頷いてないでぇ、一体僕の何処が悪いんです?真実を伝えてください。ヘルシンキ宣言にもあるように、僕ら患者と医療従事者の間にはインフォームドコンセントが必要なのですよ!さぁ頭ですか?頭が悪いのですか?」
「強いて言えば頭だねー」
ガビーン。
「そういう事実はぼかしてくださいよ!傷つきます」
「真実を知りたいのか知りたくないのか、どっちなんだい、巧クンよ」
「すいません、真実を、お願いします」
あれ、目からしょっぱい水出てる。目から出た冷や汗かな、青春汁かな?あはははは、はぁ……
「君は、中二病という病気で入院することとなりました」
何それ?
「中二病というのは、普通の生き方を出来なくなってしまう病気なのです。現在の日本では精神疾患として初めての難病指定になるともされ―――」
「ちょっ、ちょっと待ってください!それはつまり僕が精神病ってことなんですか?」
「うーん、肩書き上はそうなる、かな。でも一般にはそう認知されてないから大丈夫だよ」
「いや、自分が大丈夫じゃありませんし。それに入院費用だって、そもそも、入院が必要な病気に思えないですよ!」
僕は興奮に任せて矢継ぎ早にまくし立てる。
「よし、分かった。それでは君にとっての利点を教えよう」
「何です?」
言葉は、少々苛立ったイントネーションになっている。
「君に入院してもらいたい一番の理由は、治験なんだ」
「ちけん?智剣と書いてインテリジェントソードみたいなことですか。それが一体僕の病気と何の関係が」
「あっはっは。ちがうちがう、治療の治、試験の験、で治験だよ。明け透けに言えば、君には新薬の実験体になって欲しい訳さ」
実、験、体……だと?
「いやいやいやいやいやいやいや。そんな怖いこと出来ませんからぁ」
「実験と言っても、人体への安全性は別の治験フェーズではっきりしていて、あとは実質的な効果を確認することなんだ」
「はぁ。よく分かんないですけど、安全性には問題ないんですね」
「そうそう。しかも四泊五日お食事付きで、しかもあなたに報酬が出るんですよ」
「わーい。それはお得ですね!」
「でしょでしょ。では早速この書類にサインを」
暑苦しい笑顔で書類をずいずい渡そうとする倫太郎医師。
「でも、お得ってことは裏があるんですよ……・ねぇ?お、い、しゃ、さ、ま☆」
簡単に信用してなるものか。
「大体この書類見せてくださいよ。報酬百二十万円って。高額過ぎでしょ。絶対裏があるっての。しかも、あなた内科医ですよね。どこから中二病と判断しましたか?うふふふ、挙げるならいくらでも怪しいところがあるんですよ。こんな治験なんて受けられますかってんだ」
「うーん……泊り込みの治験は基本的に高額なんだけど、まぁ薬味クンがそう言うなら、拒否することも出来る。それがインフォームド・コンセントだ死ね!」
「そうそう……ネギの香りで食欲引き出し味を引き締めーって薬味じゃない!巧です!あと医者が死ねとか言うな!ファック」
「あぁ、こちらこそファックだね。巧クンなんて帰っちゃえばいい!良いように弄ばれたってみんなに言いふらしてやるもんね!」
倫太郎医師はつかつかとドアに向かっては、そいつを乱暴に開き僕に退室を促す。
「ゲラウ!」
「はっ!こんなとこ二度と来るもんか!」
「でも、気が変わったら、いつでも待ってるんだからね!」
僕は倫太郎医師に渡された書類と連絡先を手に、診察室を後にする。
待合室の患者の嘲笑を背に受けながら、金を叩きつけるように会計を済ました僕は白い怪物の体内から脱した。
「一寸法師が鬼を退治するようにはいかないものだね」
処方された風邪薬は、手の中で揺れながら、しゃらしゃらと風雅な音を奏でている。
吐き出した白い息は、病院の壁に吸い込まれるように薄らとぼやけて消えた。
白壁に対する補色のように思い出すのは、黒曜石の彼女の姿だ。

*
そして翌日、風邪が治った僕は倫太郎医師の診察室にいた。
「やぁ。おかえり」
満面の笑みが心から腹立たしい。
「……ただいま」
事の顛末はこうだ。
僕、帰る。ママンに今日あったことを話す。ママン「目先のお金を見捨てて逃げる子に育てた覚えは無い!」僕、治験を決意。
病院であれだけ抵抗した治験を親の一言であっさりと受ける気になったのは、もしかしたら、昨日見た黒曜石の彼女のことが気になって頭から離れなかったというのもあるかも知れない。
「あっはっは。いやー、巧君は実に良い両親をお持ちだね!」
「あの人たちに資本主義経済の何たるかを教わりましたからね!」
我が家ではお金を持つものが権力を獲得する。政権を執るのは、その辣腕で女だてらに出世街道を走る母だ。僕はカーストで言えばスードラであり、それはもう馬車馬のごとく、巡る日々日々、権力と言う名の鞭の打擲を身体に受けながら家事全てを己の生業の如く……とまぁ、愚痴はここまでにしておく。
「治験、受けます」
倫太郎医師の指示を受けながら、きっちり契約書類の細部に目を通すと、同意のサインを記す。こういう時は指先を軽く切って血判するんじゃないか、なんてびくびくしてる僕の気持ちが伝わったのか、筆跡は実におっかなびっくりの軌道と相成ったが、契約書類上は問題ないらしい。
書類を彼に渡して間もなく、一人の女性看護師が部屋にやってきた。どうやら内線で呼んだよう。
彼女はドアを開けて僕を見るなり、
「やーん、かうぁぃいい」
などとのたまい、倫太郎医師同様、僕の貞操観念を緊張させたものであった。
「伊川医師!ここにはアッパー系しかいないんですかっ?」
にじり寄る、看護師A。
「ちなみに彼女は静江さんだ。君を中二病棟に案内してもらうことになっている」
「説明良いから!そのっ、静江さんを止めてくれませんかね!」
「うふふ、どうも、静江ですわ。うふふ」
にじり、にじり。詰まる距離。詰まる息。吐き出す剣気が互いの間合いの先端に乗り、僕らは感情の遣り取りを行う―――じゃ、ねえよ!
「怖いです!何かその笑顔怖いですって」
「こわくないよー!ほら!こっちにおいでー!」
「だからその目!目!」
動脈でも走ってんじゃないかってほど赤いんですけどっ!
「まぁまぁ、その展開は昨日の僕と同じだから、少し落ち着こうか。静江さん」
「あ、気にしないでください。遊ぶのもう飽きましたし」
「なんだとぅっ?」
しかし、何でこうもからかわれるんですかね。僕は。
「じゃ、案内役を仰せつかった、看護師の静江舞香です。彼女も彼氏も募集中よ。よろしくね。巧クン」
「何をよろしくしろと……」
とは言うけど、静江さんってまともにしてると結構美人なんだなぁ。薄桃色のナース服もよく似合ってるし。
「静江さんってふざけてないと結構美人なんですね。びっくりしました」
媚びてみる。
「は?言われなくても、分かってるわよ」
「そうですか……」
「お世辞の類って、医療関係者にはあんまり効果が無いんだよねー。褒められて育ってる子、多いし」
何だろう、診察室に来てから何度も抱いてる、この負け犬感。媚びが無意味に終わるとか本当に無様だわ。
とりあえず、彼女に連れられ倫太郎医師の部屋を出る。
「わっはっは、運が良ければ、また会うだろう!」
「もういいです」
「巧クン、つれない……」
「釣りならオホーツク海にでも出てやってください。そして、海の藻屑となるが良い」
ばたむ。ドアが閉まり会話終了。
「それじゃ、行きましょうか」
静江さんは僕を促し、外来病棟の出口に向かう。
「この施設内じゃないんですか?」
「えぇ。中二病者向けに新しく準備した病棟があるの。そこに向かうわ」
「凄いですね。わざわざ建てられたんですか?」
「使われなくなった病棟をリフォームしただけだからね。一応、特別な医療器具が必要ってわけじゃないし、ベッド数確保しただけみたいなものよ。非常のときはそこを入院患者用に開放するし、ま、ついでみたいなものね」
「なるほど」
さすがに無駄は極力省くものなのね。
静江さんと会話をしながら、大学病院の敷地内を歩く。街路樹の枯葉が名残を匂わせる歩道は、セピアとモノクロのあわい、冬の色合いでゆれている。
風がゆるゆると路上の塵をさらってく。歩道がその継ぎ目を境に柔らかなアイボリーへと色を変える頃、空気の浄化されたような一角へと僕らは足を踏み入れた。
遥かにエキゾーストは遠く、鳥の歌声が鮮明に届く、敷地内でも特にここは静かな場所のようだ。
常緑樹を植えているようで、冬というのに、この一角は緑の呼吸を感じられる。
幻想の庭―――想起されるのは、そんな言葉だ。フェアリーが花に戯れ、エルフが居を構え穏やかに過ごすイメージが頭に浮かび上がる。
「んー、ここは空気がいいわね!」
肺に入る空気も清冽。
「確かにいい場所ですねぇ。この辺なんですか?中二病向けの病棟って」
「そうようー。ま、さすが元ホスピス用病棟って感じね」
「ほ、ホスピス!?」
「そ。原意に近い……中世のホスピスをイメージして建てたから、かなり癒し系空間になってるわ」
「いや、癒しって言っても!実質、亡くなった方が一杯“いる”場所ってことじゃないですか!」
さながら死霊の館!なんて思っていたら、静江さんはちょっと真面目な顔で僕に語り始めた。
「そう、思っちゃうのは鈴木巧くん、あなたの自由なんだけど、ね」
「ホスピスで亡くなった方達は、みんな本人やその家族が望んで、安らかに息を引き取ったの」
あ、―――そうか。
「だからさ、怖がらないで……欲しいな。私はあの人達も天に昇ったんじゃないかって思ってる」
「すみません。軽率、でしたね」
頭を下げる。珍しいくらいに真摯な気持ちで。
「あまり気にしないでいいの。ただ、自分は緩和ケア担当だったから、ちょっと思い入れが強くてね。ただ、その一方で……」
「その一方で?」
「たくさん、“視て”るのよねー」
………へ?
下がったままの頭の上をとんぼがフライ。
「視た、とは何を?」
「いやまぁ、英霊の類とでも言いましょうか……うふふふふふふ」
静江さん、かなりアヤしい目つきになってるし!
「やっぱ、“いる”んじゃないですかー!」
「違うのー!違うのよー!」
「あー。見えるー、見えるよー。足のない老人が、歩道を徘徊する姿が見えるよー」
もうやだ。ノーモア怖い話。
「違うって。昔この辺りは合戦場だったから、落武者の類いなのよー」
「なお恐いわ!」
「そして、それにまつわる七不思議が……」
「もうやめてくださいっ」
僕のリトルブラザーな肝っ玉がさらに縮み上がりますって。
うわー、周囲の木陰から足のない人達が手を振るよー。
「おにいちゃーん」
何か遠くから幻聴まで聞こえるし!
「なにもみえないなにもきこえない……」
目を閉じ耳を塞ぎ、エスケープ現実。ようこそファンタジーワールド。
「あー巧クン。だいじょうぶだから、だいじょぶだからねー」
肩を叩いて優しく声をかける静江さん。
「……ほんとう?」
静江さんを見上げようとしたが、目に浮かんだ涙で景色が歪んでる。
「うぉ……時折あなたガチで可愛いわね」
「怖くない怖くない科学の力と資本主義の暴力をもってすれば容易く全ての霊はたちまち……」
「待って巧クン!お金や科学の力では霊を封じることは出来ないわ!」
という感じで端から見れば楽しそうな錯乱タイムは過ぎ、僕が入院するという施設に到着した。
「うわぁ~、綺麗ですねー」
修道院をモダンにアレンジしたような外観は、外来の病棟の威厳と風格を感じる白壁と違い、うっすらと肌色で温かみを感じる。オレンジの屋根は柔らかく日差しを跳ね返して、わずかに覗くベランダに優しい陽だまりを作っている。
「ね、自慢の建物って言ったでしょ。ま、外観なんて飽きるほど見れるんだし、今はとにかく中へゴー」
「はい」
ちょっと年季の入った木彫の扉を開けて中へ。
中は外装と違い、やはり、現代的な雰囲気である。スペースを広く取った中庭と、玄関の吹き抜けが印象的。
ひとまず、受け付けで簡単に手続きを済ませる。僕の入院する部屋は2階の225号室だそうだ。
パジャマ姿みたいな格好でその辺を歩いていたり、ロビーに置かれたテレビを見ながら楽しそうに会話してる人たちも、中二病なんだろうか。
「今更なんですけど、中二病ってなんなんですか?」
胡散臭く感じてネットで調べたけれど、難病指定される予定の精神病であること以外、まともにその情報が無かった。
「うーん、まぁ、百聞は一見に如かずね」
「その辺にいる人たちには、別にあまり違和感を覚えないんですけれど」
「まー、中二病って外見じゃ分かりづらいしねー」
「でも、静江さんは一見に如かずって言いましたよ?」
そう僕が言うと、ニシシとちょっと悪戯な感じで笑う。
「そ。あなたがこれから向かう225号室は面白いことに見た目で分かる中二病なの。だから、一見に如かず」
「げー。何ですかそれー」
重篤な人の集まりってことじゃないのさ!?
「うふふふふふふふふ」
ちくしょう、人の不幸だと思いやがって。
はてさて、225号の病室にたどり着く。
ドアは開いてるが、誰の声も聞こえてこない。静江さんに促されるまま、取りあえず中に入る。
225室の病床数は四つ。うち二つはカーテンを閉じている。右手側窓際の、何も置かれてないまっさらなベッドが自分の病床なのだろう。その隣、廊下側のベッドはカーテンが開かれている。ファニーなぬいぐるみたちがベッドの上を占領しているが、ぬいぐるみの主人は不在のようだ。
「ん?」
良くみたら、あのフェアリーは見覚えあるぬいぐるみな気がする。
「まぁいいか」
「巧クンどうかした?」
「いえ、ただの独り言です」
「んじゃ、ここの住人達の紹介を始めますか」
静江さんは腕をまくると、廊下側の病床のカーテンを開く。いいのか?
「はーい、明日香ちゃん出てきてー!」
ベッド上が露わになり、その上で体育座りをしている少女の姿が。
「私のローゼンハイムに、足を踏み入れる貴方。一体何の御用かしら?」
この人、わたくし、とか言った!
「そうね。奥の中性的な顔の貴方、名前を、聞かせなさい」
そう言って顔を上げた彼女の姿は……包帯姿!
まず腕、そして首、頭は片目と鼻にかかるように、実にたっぷり巻かれている。
覗いた片目は病的に淀み、どんより暗い。
ミイラ女?七不思議?心霊?オカルト?
「貴方……聞こえてるの?」
「あ、あ、僕?」
彼女の、鈍器を自由落下でぶつけたようなインパクトに、僕は少し呆けていたようだ。
「僕は鈴木巧。単なる普通の人です」
あなたと違ってね、という言葉を飲み込む。
「そう……巧、良い名ね。私は“スカー”このローゼンハイムの主であり、最後の継承者。あなたを、従者として認めてあげるわ」
「……結構です」
あぁ、この出会いは最悪だなって、静江さんの「一見に如かず」の意味を心から噛み締めながら、僕は明日香さんに対するツッコミの一切を放棄するのだった。
「あら、それは残念ね……」
そんなことはどうでもいい。
「静江さん。ちょっとカモン」
ひそひそ話をするため、奴を呼ぶ。
「……なによ」
「……外傷だらけじゃないすか」
ほとんどミイラですよ。
「あー、あれね」
「確かに精神も病んでそうですけど、外科に入院するべきでしょ。彼女」
「あのね。実はあれ、イミテーションなのよ」
「イミテーションとは?」
「あの下に傷なんてないの」
は?
「彼女の脳内では、自傷症状で身体を傷つけまくってるって設定なの」
「いや、設定ってあなた」
「あら、私に内緒の秘め事かしら?」
いつの間にやら明日香さんが立ち上がり、こっちにやって来ていた。
「おっほっほ、明日香さんとやら、なんでもありませんのよ!」
思わず変な言葉遣いになる僕。
するとムッとした顔になる明日香さん。
「“スカー”でお願いできるかしら?」
うわめんどくさいな、この人。
「スカーさん。ちなみに本名は?」
「この世界〈アナザー・スカイ〉での仮の名前〈トランジェント・ネーム〉のこと?恵良明日香よ」
えら、あすかさんね。この人、括弧閉じとか全部発音してますからね。あー、めんどくせ。
「僕は高校一年生ですけど、スカーさんは何してらっしゃる方ですか?」
「……言わない。アマデウスの呪いが私の心臓に剣を突きつけているの、だから真実は話せないわ」
「へー。今、二十歳ぐらいですか?」
「まだ十七歳よ!!」
即返答。明日香さん真実を話せないんじゃなかったのか?
「そ、そうですか」
包帯で顔隠れてるから、年齢がイマイチ判断できないんだよ。
「ま、明日香ちゃんとの挨拶はこの程度でいいでしょ。ありがとね、明日香ちゃん」
「はい……さよなら、我が新たな従者」
「違いますって」
そう言いながら、明日香さんはベットに戻った。静江さんが明日香ちゃんて呼んでるのはオーケーなのかな。
「じゃ、次ねー」
左手窓側の病床へ向かう。木漏れ日がカーテンに影をつけて揺れる様が美しいとか、もう何か現実逃避が始まりかけてる。
「久美子ちゃーん。入っていいかな?」
静江さんが声をかけるも返答はない。
一拍置いて、カーテンを開いてみる。が、ベッドの上は無人の様子。
「どっかに出掛けてるみたいねー。まぁ、しばらくしたら会えるでしょう」
「しかし、何というか、患者の方はパンチの効いた方ですね……彼女も治験を受けてるんですか?」
「そうよー。明日香ちゃんは三日前から、久美子ちゃんは昨日から、治験のために入院してるわ」
「なるほど。ところで、僕はここに入る資格があるんでしょうか?」
いや、ない。
あるにしてもあそこまで重篤じゃない。
「ま、ショック受けるかもだけど、あなたはここに入るべき人よ」
「なぜー?」
「時がくればあなたにも分かる……分かる日が来るわ」
「いいから教えなさいって」
「自覚してないことも症状の一つと言うことを自覚出来たら教えてあげるわ」
くっ―――何か良く分からん言い回しを!
「おーほっほほ」
何か悔しい。
「さて、最後の一人の子もなんだけど……どこに行ったのかしら?」
「やっぱりその人達も、きt―――センセーショナルな人なんですか?」
「んー……ま、そのうち一人は、むしろ可愛いんじゃないかしら。まぁ、結構ハードに中二病だけど」
「ふーん。とにかく札付きの変人ってわけですね」
「いやでもその子が一番、君に似てる部分があると思うわ」
「いやいやいや、僕普通ジャン?チョー普通みたいな?」
「その台詞が普通と思ってる時点で割とキケンね~」
「恐悦」
「褒めてないっての」
ポカリ。丸めた冊子で叩かれる。
「ん。それなんです?」
「読みたい?」
「まぁ」
少しそんな気持ちがあるような雰囲気程度ですけど。
「後悔しない?」
「じゃあ別にいいです」
「あーごめん。見て!是非見て!」
「見せたいなら最初からそう言ってくださいな」
冊子を手渡される。カラーコピーみたいで、再生紙のチープな手触りが何とも言えず安っぽい。(重複)
表紙を見る。
『月河ヶ原七怪異』
「お返しします」
「だめー。いつでも良いから読んじゃいなよ。面白いよ」
「苦手なんですよぅ……これ、さっき言ってた七不思議について書いてある本なんでしょ」
「ま、フィクションと思えば怖くないし?」
「それが保障できないから怖いんです!」
取りあえず、まっさらな僕の病床の机に置いておく。
「あ、そこがあなたのベッドね。分かってると思うけど」
女性と同室ってのが結構問題ありそうな気もするけどまぁ、いいの、かなぁ。ハーレムと思えるほど楽天的にはなれないや。残り一人は男だった方が気楽かも。
「んじゃ、一時の検査まではしばらくボーっとしてていいから」
時計を見る。まだ十一時を回ったところだ。
「暇潰したければ売店が全ての階に、食事処は一階にあるわ。庭に出るのもいいかもね」
「ばさら」
静江さんが退室する。

*
静かな室内。カーテンで隔てられた空間の中で僕は一人になり、それから、ようやくして状況の異様さに気付くわけだけれど……僕は、本当に治験を受けるべきだったのだろうか。
ここで僕が過ごす時間とは無駄になるのではないだろうか?学校まで休んだ。お金欲しさに、だ。今頃、学校ではみんなが何かを学び取ってるのだろう。つながり合っているのだろう。発信し合い、仲間を見つけ、楽しく過ごしているのだろう。そんな中、僕だけがただ一人、愚かだ。
治験とは言うが、それを受けることは自分に何らかの異常性を認めることだ。あるいは、認めて無いとしても受け入れるということだ。僕は考える。小さい頃から多少は特殊な環境で育った自覚はあるけれど、自分は普通を意識して過ごしてきたし、人前でも中庸であろうとしてきた。それゆえに、妙な思考の檻に嵌まってしまってるのではないかとも思う。あぁ、どうなのだろう。僕なりの幸せってやつは、人生を問題なく過ごして、趣味に沢山の時間を割くことなんだ。たとえば小説、たとえば音楽、たとえば絵画、あるいは思想、そういったものに浸るだけで僕の心は満たされる。僕にとって、つながりはそれ自体を頼りにして満たされるべきものではない。人という字は、支え合ってるのではなく、自分の足で立ち上がり歩く姿なのだ。だから僕は一人であることを厭わない。僕がつながりを求めたならば、それは信じあう心ではなく、ただ手段を求めたに過ぎないのだ。
一人で、生きて、自由に趣味世界と現実とを行き来するのが最高だ。その考えは変わらない。きっと。
ああ、だめだな。もしかするとこういう風に考える癖が拙いのかも知れない。
僕は気を紛らわすため、静江さんに渡された七不思議の本を開いてみる。
『花子・厠ニテ男子ヲ誑カスノ図』
のっけから十八禁だった。
「ぶっ―――!」
詳しい描写は割愛させていただくが、花子なるセーラー服美少女が半裸体で学ランの男子に迫っていた。何で学園モノだ、という疑問はツッコミどころの多さに流された。不思議なことに、絵はいわゆる萌え絵と呼ばれる奴で、なんというか、見てはいけないものである。
見てはいけないよ。ああ、だめだ。見てはいけないな。これは、うーん。だめだだめだ……おっ!こ、これは……ふひっ。
「あー、やぱぱりー!たくみおにいちゃんだあ!!」
不意。ちょうど真横から、おっきな声。しかも物凄く聴き覚えがある、妙に温度ある高音。
「えへー」
よこをむいたら、となりのいえにすむおさななじみの「ヒメちゃん」こと三枝灯女子ちゃんが、ベッドによっかかっかうわぁなんでこんなとこによっかかってたってただよ。(動揺実況中)
「何よんでるのー。おにいちゃん!」
グッと、ベッドに乗って覗こうとするヒメちゃん。
―――はっ!
「見てはいかん!」
超速でクローズ。その瞬間、僕は、光のスピードを、超えた。(超えてねぇよ)
全力で枕の裏へ忍ばせる。これでヒメちゃんには一体何が起こったか見えなかったはずさ……って。
「何でヒメちゃんがここにいんの!?」
「むいー」
僕の腿に顔乗っけて、隣の、ぬいぐるみが洪水してるベッドを指差すヒメちゃん。
顔を右に左に傾かせ、キラキラキューティクルのツインテールも横に揺れる。僕としては大変気持ちが良い。
「……ってことは」
「ちけんっていうの、受けてるのー!」
「マジで!?」
何でこんないたいけな子が……超可愛いじゃんよ。幼き頃から精一杯、マイカラーに染めまくったこの子が、何故!?ゴッドよ……
「あのねー。おかーさんのつきそいで病院来たら、入院することになっちゃったー」
何そのシナリオ。てか、宏美おばさん許可したんかい。
「ふーん。でも、何でだろうね」
「さー?」
ヒメちゃんニコニコしながら、首かしげる。ちょー可愛い。
「でもー、おにーちゃん呼んだのに気づかないんだんもん。ぷー」
頬を膨らませる。コロコロ表情変わるのは子供の魅力だよねー。
「あれ、いつ呼んだの?」
「おにいちゃんが、外歩いてたのベランダから見つけたの」
あのときか。
「あー、ごめん、あの時ちょっと騒がしかったからね」
「む~、気づいてくれなかったばつー」
腰の辺りを“ぎゅっ”される。抱きつくのはヒメちゃんのクセだ。
「ところで、おにいちゃんさっき何読んでたの~?」
と背中の方に回した手を枕の方に……くそ、見えていたのか。これは奥の手を使うしか!
「サフィよ!見てはいけない。幼く、魔力耐性のないお前がこの書を見てしまっては、アマデウスの呪いを受け、魔に取り込まれてしまう」
何か聞いたことあるデマカセになったな、まぁいいや。
「な、なんですと!」
ヒメちゃんは目を丸くしてビックリ。枕の下に伸ばした手をさっと戻した。
「サフィ、ビックリしたのです……あぶなかったのです」
ちなみに『サフィ』とは二人で考えた、ヒメちゃんの魔女娘ネームである。
「気をつけような。まぁ僕みたいに少し高位の魔導を操れるようになったら、サフィも見られるようになるから」
「ふんこつさいしんしょうじん、です!」
うんっ!と気合いを入れるヒメちゃん。
嗚呼、仕種の可愛さと騙した罪悪感でちょっとした快感だ。
「お兄ちゃんもちけんなの?」
「そうだよ。風邪で病院に来たら、お医者さんに提案されて入ることにしたんだ」
「ほえー」
くりゅるー。二人のお腹がくっついていてどっちのお腹が鳴ったのか分からない。
「ご飯、食べに行く?」
「サフィは、もうすぐおかーさんが来るので、待つです」
「なるほど、じゃ、僕はちょっとお昼ごはん食べに行くね」
「あいー、またあとで、おしゃべりしたいのです」
「了解。行って来ます」
颯爽と走り出す。ずべーん。見事に転ぶ。
閉じられたカーテンの中から、足が伸びている。
「明日香さん!何するですぅ!?」
僕の言葉に反応したのか、一枚の紙片がひらひらと、すっころんだ僕の頭上に落ちてくる。
手に取る。メモだ。
内容は「後ででいいから、売店でやきそばパン買ってきて。従者よ」とある。
「いや従者じゃないですし、自分で行ってくださいよ!?」
もう一枚メモが落ちてくる。
「アマなんちゃらの呪いで無理。あと、明日香じゃなくスカー」
「色々雑過ぎません!?」
今度は硬貨が転がってくる。五百円。何ですかこの人使いの荒さは。哀しいかな、慣れてますけど。
「了解しましたよスカーさん」
言い残して、売店へ向かう。

未完(いずれ加筆完成させます)

Page 1 of 1